神聖円卓領域キャメロットII−8
村にやってきて一週間が経過した。
立香やマシュも狩りに同行するようになり、村の人々とも親睦を深める中で、そろそろ今後の方針を決めるべきだろう、ということになった。
ベディヴィエールとは、立香とマシュが話をつけたらしく、獅子王を倒すというベディヴィエールの目標とカルデアとしての目標を一致させた。いずれにしても、特異点の解決のためには獅子王を打破する必要があるとみていい。
唯斗は一応、アーラシュと改めて契約したが、基本的にアーラシュは呪腕のハサンの方針に従うようだ。そうなると、あとは呪腕のハサンと話をつけるだけである。
「ほう、我々と共闘したいと」
ベディヴィエールと立香たちが話した翌朝、早速ハサンと相対する。アーラシュ、そして唯斗も同席して、獅子王との戦いで協力を持ちかけた。
「しかし我々は明日をも知れぬ難民ですぞ。そんな我らが獅子王の軍勢と戦うと?」
だが呪腕のハサンは、そう言って軽くではあるが否定的な回答をした。それはそれで道理にかなっており、マシュは反論できずにたじろぐ。そこで、唯斗が口を開いた。
「信仰する者よ、あなたがたが不信者の進撃に会う時は、決してかれらに背を向けてはならない」
「…ほう」
イスラームの聖典、クルアーンの第8章15節の有名な一文である。
聖戦を拒否する者は地獄に落ちるということを説いた一節だ。
「ジハードの名を冠する戦いができるのは、原則としてカリフやイマームによるジハード宣言が出たときのみ。でも、生命や財産が奪われようとするとき、ジハード宣言なしにこれを行うことが求められる。聖地を奪い、大地を焼き払い、シャリーアを冒涜する獅子王と、戦わないわけがない。違うか」
「……その通り。我らは決して獅子王を許さぬ。認めぬ。断じて戦い抜く」
アラビア語は、3つの語根によって単語を構成することになっており、語根は子音一文字で示される。これに母音をくっつけることで単語を成す。
たとえば、s、l、mは漢字で言えば「平」にあたるもので、
islamとは「平和」「平定」を意味する言葉だ。イスラームを行う者、すなわちイスラームの人々のことを、動詞を示すmuを頭につけて
muslimと言う。
jihadの語根はj、h、dであり、この組み合わせは「努力」を意味するものだ。
jahadで「努力する」という意味になり、イスラームの論理を考証する知的努力を
ijtihadという。これに動詞のmuをつけて
mujtahidで「イスラーム法学者」になる。第1語根のあとにあるtは強調を意味する再帰形(第八形)という活用を示している。
この文法に即して、ジハードを行う者を
mujahidといい、複数形
mujahidinは現代ではテロリストの別称ともなっている。
「ジハードって、テロとかのやつ?」
「残念ながらテロリストがジハードを称しているけど、実際は違う。いいか、イスラームの教えにおいては、『相手の信仰の自由を奪うこと』は禁忌とされていて、布教のために戦うことは禁止されてる。ジハードは本来、イスラームにおいて努力そのもので、現代では己の弱さとの戦いである『内なるジハード』が重視される。異教徒との戦争は、相手が不当にムスリムの生命や財産を奪ってきたときにはじめて行われるもので、専守防衛が鉄則。しかも、指導者のGoサインがなきゃいけない」
スンニ派においては、第一次世界大戦でオスマン帝国が崩壊したことでスルタンがいなくなり、ジハード宣言を出せる者はいなくなった。シーア派においても、最も時代の遅いもので12番目のイマームが今世から姿を隠したことでジハード宣言が出せる者はいない。つまり、一切のジハードは法学的に行われないはずなのだ。