神聖円卓領域キャメロットII−21
「アーラシュ!お前これ、この傷は…!」
慌てて駆け寄って治癒魔術をかけようとしたが、もうそんな次元ではないことが分かる。サンソンやナイチンゲールでも無理だろう。すでに、霊基の維持すらぎりぎりだ。じきに消失する。
「大丈夫だ、マスター。失態は見せたが、こうして名誉挽回の機会ができたわけだしな」
「唯斗、アーラシュの回復は…?」
後ろから立香がまさか、といった感じで言葉をかけてくれる。それを見てアーラシュは苦笑した。
「お前さんたち、暗い顔すんな。似合わねぇぞ。ついでに言うと、奮戦むなしく敗北っていう結末もな。なんで、俺も一度ばかり本気を出すよ」
そう言ってアーラシュは村の中央へと歩き出す。一度ばかり、と言うが、それはまさか、最初で最後の一度ばかりということではないだろうか。いや、そういうことなのだろう。
立香たちはこの宝具のことを知らないし、唯斗も実際に見たことはない。だが、カルデアでアーラシュに説明は受けていた。たった一度きりしか使えない、かつてペルシアを救った宝具。
「お前さんらは洞窟まで下がっていてくれ。生き残った連中の面倒をよろしくな。なに、近くにいられるとやりづらいってだけだ、洞窟まで衝撃はいかせない。ハサン殿、皆を連れて洞窟まで頼む」
「はい、お任せを…さらば、さらば!この地で出会った、我が最大の盟友よ!」
「ちょ、どういう、」
動揺する立香やマシュを連れて、ハサンは洞窟へと走り出す。三蔵やベディヴィエールなど、ほぼ全員が洞窟へと向かった。
動かなかったのは、藤太と唯斗だけだ。
唯斗はマスターだ。最後まで、見届ける義務がある。
「…ま、マスターは残るよな。つかあんたもいんのかよ!?座り込んで酒まで飲みだしやがって」
「うむ、せっかくの大技、見届け人がいないのではあまりに寂しかろうと思ってな。まぁ、雨宮殿も見届けるようだが、何かあったときにアーラシュ殿に代わってお守りするためにも誰かいた方がよかろう」
「…そうか。同じアーチャーだ、恥ずかしいところは見せられねぇな」
すでにロンゴミニアドの光は頭上に迫っている。その光によって、燃え盛る村は天高く照らされ始めていた。
唯斗はアーラシュの背中に、防具越しに手を触れる。感触こそないだろうが、唯斗の気配にアーラシュが少し驚いたようにした。
「令呪を以て命じる。その流星で、野蛮な凶星を打ち砕け」
「っ!マスター…」
右手は一瞬だけ輝き、令呪が一画消える。莫大な魔力がアーラシュに注がれた。
たとえ令呪を使わなくても、アーラシュは宝具を展開できるだろう。この行為に意味などないのかもしれない。だが、これでよかった。
「言っただろ。俺はあなたと一緒に戦うんだ。最後まで、一緒だ」
「……あぁ。しかと受け取った」
唯斗は藤太のところまで下がり、毅然と前を向く。その勇姿を、一秒すら見逃さないように。
「陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力を与えたもう輝きの主よ。我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」
アーラシュが遥か頭上に向けた輝く弓の先には、聖槍の光。それを狙いすませて、アーラシュの弓にも聖なる光の矢が出現する。
「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる
聖なる献身を見よ。この渾身の一射を放ちし後に、我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!」
矢の放つ輝きは最高潮に達して、村の炎すらその光によってかき消されていく。莫大な魔力エネルギーの集約とともに、もはや目を開けていることはできなくなる。
唯斗は目を閉じて、最後の姿を瞼の裏に焼き付けた。肌を焼き骨を砕くその衝撃がアーラシュを消してしまう前に、矢を限界まで絞る大英雄が、脳裏に焼き付いた。
「
流星一条ァァァアアア!!!!」
その瞬間、一瞬にしてエネルギーは上空へと放たれ、衝撃波が村に轟く。風を正面から浴びながら、上空で衝突したアーラシュの矢と獅子王の裁きが互いに相殺し、夜空に消えゆくのが分かった。
周囲に夜の闇が戻る前、そっと唯斗は目を開く。
すぐ目の前には、光の中でぼやけて見える人影が間近に立っていた。それに少しだけ驚くと、ぽん、と優しく頭に手が触れる。それは、その男にしては今までで一番優しいものだった。
同時に、額にそっと柔らかいものが触れる感覚。
「……―――ありがとな、唯斗」
その言葉が聞こえた直後、視界は正常に戻り、あたりには夜の暗闇が唐突に訪れた。
忽然と姿を消したアーラシュと、立ち上がって唯斗の隣に立つ藤太。家々の炎はすっかり下火になっていた。
「感服の他ありませぬ。星を落とす者は数あれど、星を砕く神業は他になし」
藤太はそう言うと、こちらの様子は見ないまま言葉を続ける。
「あの男は常に笑顔を浮かべていたが、それはどれも、楽しい、面白い、そういったものばかりだった。拙者が見た最後の彼の笑顔はしかし…あぁ、英霊としてこれほど共感できることもあるまい。お主の令呪を得て空に矢を放たんとする顔の、なんと嬉しそうであったことか」
「…ッ、」
「拙者は洞窟の様子を見に行く。雨宮殿は少し休んでいるといい」
藤太はそう言い残し、洞窟へと向かっていった。唯斗は一人残されて、アーラシュが立っていた場所に数歩歩き、同じ場所に立つ。
瞬時に体が四散するはずだったところ、すぐに消失しなかったのは、令呪を使ったからだ。その分の魔力が、最後の一瞬を与えた。
その一瞬をアーラシュは、唯斗に礼を言うために使ったのだ。
「…ありがとう、アーラシュ・カマンガー」
令呪を送るために手をついて、その血が付着した右手は綺麗になっていた。それをぐっと握り、滲む視界を、その拳で拭った。