邪竜百年戦争オルレアンI−6


「き、気にしないで唯斗…」

「……別に気にしてない」


マシュが前を歩いて警戒している中、立香はそんなことを言ってきた。思い切り敵だと判断されてしまったことに何も思わないでもなかったが、立香に気にかけられることでもない。
しかしぶすっとした声が出てしまい、唯斗はそんな自分に少し苛立った。


「マスター、唯斗さん、フランス兵の砦を目視しました」


マシュに呼びかけられ、二人揃って丘の影から前方を覗く。石造りの中世風の砦は崩れかけの移籍のようで、風になびくヴァロワ王室の旗さえボロボロだった。


『ボロボロじゃないか…外壁は無事だけど、砦とは言えないぞ…』

「負傷兵ばっかりだ…」

「なぜでしょう、今は休戦中のはずなのに…」


もともとフランス王の弟が統治していたブルゴーニュ公国は、イングランドについたフランドルを強制的にフランスにつかせるべく、フランドル伯と婚姻関係によってこれを併合した。しかし欧州で最も裕福なフランドルを手に入れたブルゴーニュ公は徐々にフランス王室から離れていき、王室側のアルマニャック派とブルゴーニュ派とに分かれての内戦状態となった。
1420年にブルゴーニュ公国はイングランドと同盟を結び、シャルル6世の死後の王権はイングランド王に渡るとするトロワ条約を勝手に締結した。そして内戦が激化する中シャルル6世が死去すると、イングランドは一気にフランスに攻め入り、1429年までにフランス北部はすべてがイングランドの支配下に入り、もともとイングランド領だったギュイエンヌと合わせ国土の半分が陥落していた。

その状態からフランスが脱したのは、ドンレミ村の娘、ジャンヌ・ダルクがオルレアンを解放し、シャルル6世の息子であるシャルル7世の戴冠を助けてからだった。
ジャンヌ・ダルクによる快進撃によってフランスは巻き返し、その勢いを見たブルゴーニュ公国は日和見的になり、1431年にヴァロワ王室との間で休戦協定を結んでいた。この頃まだイングランドは依然としてルーアンを中心に北部一帯を支配している。


「…ちょっと嫌な予感がするな」

「どういうこと?」

「1431年といえばフランス人にとって重要な年だ。5月30日、ジャンヌ・ダルクが処刑されてる。特異点は歴史のターニングポイント、つまり人理定礎を狂わせて生まれたものだ。この年にそれが生じてるってことは…」

「ジャンヌ・ダルクが処刑されなかった、ということですか?」

「それどころか、特異点Fのセイバー…アーサー王のようになってるかもしれない」


英霊がその性質が反転した状態は「オルタ化」と定義され、あのアーサー王はそうなっていたと考えられている。1431年フランスが特異点となっているというのなら、ジャンヌ・ダルクのオルタ化が特異点Fでの出来事から予想される。


「…どちらにせよ、この時代のフランスは、というか欧州は、国土が希薄で都市と都市の間が大きく開いてる。近くに都市がない可能性も高い、あの砦とコンタクトを取るべきだろ」

「そうですね。今回は私が前に出ます」

「………頼む」


今度はマシュが前に立って、砦の入り口に向かった。警備役らしい兵士が反応するが、それは「ヒッ…!また来た…!」という恐怖の滲んだものだった。
マシュが安心させるように武器を置くよう言うと、兵士はすぐに応じてこちらが敵ではないと信じる。警備兵がすぐ信じるとはいったいどういうことだろうか。
その表情は疲れ切っているため、もう戦う気力もないのかもしれない。


「シャルル7世は休戦条約を結ばなかったのですか?」


マシュが兵士に尋ねると、兵士は驚いたような顔をした。


「シャルル王?知らんのかあんた。王は死んだよ、魔女の炎に焼かれてな」

「死んだ…?」

「ジャンヌ・ダルクだ。あの方は竜となって甦ったんだ。イングランドはとうの昔に撤退した。でも俺たちはどこへ逃げろと言うんだ?ここが故郷なのに!」

「…やっぱりか」


やはり予想通りだった。本人が蘇ったのではなく、処刑されてこの時代の「本物の」ジャンヌ・ダルクがいなくなったあと、特異点を生み出すためにサーヴァントとして召喚されたのだ。


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