神聖円卓領域キャメロットIII−16
そうして、すぐに東の村に戻ろうとしたところ、オジマンディアスはおもむろに唯斗を呼び止めた。
「唯斗、お前は少し残れ」
「え…わかった。立香、先に行っててくれ」
「うん」
立香たちを先に行かせると、オジマンディアスはニトクリスのことも下がらせた。ボロボロになった玉座に二人きりとなる。
オジマンディアスは一息に階段を飛び降りて、唯斗の目の前に華麗に着地した。
「これが恐らく最後の機会であろうからな、お前には話しておいてやろう」
「…カルデアに来た理由?」
「ふん、察しているか」
どうやら、オジマンディアスはまともに会話できるのはこれが最後だと踏んで、カルデアの召喚に応じた理由を語ることにしたらしい。
すぐ正面に立つオジマンディアスの精悍な顔を見上げる。やはり猿には似ても似つかない。
「余にも理解できなかったのだ。なぜ余が召喚に応じたのか。カルデアの余とは、座を介して同期していたが、それは聖杯あってのこと。先ほど、最後の同期をしてから盾の少女に寄越してやったわけだが…ようやくわかった」
「それは…」
「世界を守ってやろう、などという理由で召喚に応じたのは、恐らく現時点以降の記憶を持つ余であろう。カルデアにいる余は、この特異点におけるお前たちとの共闘を受諾したことによって、世界を守ってやる気になった余だ。この特異点において、その未来が決定された先ほど、ようやく同期によってその理由を知った。今頃は、カルデアにいる余も先ほどの同期によって、この特異点での記憶を得たはずだ」
「そんなことがあるのか…てっきりカルデアの内情視察かと思った」
「余もその線だろうと思っていたが、まさかこの共闘が確定するまで不明なままとは、人理もなかなか精緻な働きをする」
どうやらオジマンディアス自身、なぜカルデアの召喚に応じたのか知らなかったらしい。カルデアのオジマンディアスは、最初に「世界を守ったことはないから」という理由を述べたが、詳しい理由は述べなかった。あれは、単にそういう考え方になった経緯を記憶していなかったからだ。
カルデアとエジプト領が共闘する、というこの結果が確定するまでは、二人のオジマンディアスの記憶は完全にならないよう調整されていたということである。それほど影響力の強い英霊だからだろう。
「話は以上だ」
「あ、それなら俺からもいいか」
「申してみよ」
オジマンディアスが言いたかったのはそれだけだったようで、唯斗はふと思いついたことを今述べてしまうことにした。
「嫌かもしれないけど、一応、契約を結ばないか。マスターとサーヴァントの」
「その目的はなんだ」
すぐに否定しなかったのは、オジマンディアスなりの唯斗への信頼なのだろう。何か意図があるだろうと、頭ごなしに否定しなかった。
「ニトクリスは、獅子王の裁きを跳ね返すのは自分の鏡の役目だと言った。オジマンディアスたちがここに残るのは、遠距離で聖都を攻撃するためだな。そして、そのカウンターを防ぐためにニトクリスが動く」
「左様。神の威光には同じく神の力でなければならない故に」
「…だったら、ニトクリスは必ず無茶をする。とても高位の英霊だけど、それでも獅子王の力は正直別格だ。何せあれはこの世界の法則そのものを繋ぐもの。あれを受け止めるんだったら、聖杯がない今、ニトクリスは自分の霊基がひび割れてでもあなたを守ろうとするんじゃないか」
「……なるほど。つまり、余が最大限力を行使しつつも、いざというとき、ニトクリスめに力を送る余力を残すため、ということだな」
「あぁ。要らないお節介なら悪かった。ただ…これだけ助けてくれたあの優しいファラオに何かしたかった。悪いけどあんたのためじゃない」
しかとオジマンディアスの意志の強い瞳を見つめて言うと、思いのほか柔らかくその目は細まった。
「フッ、お前らしい。良かろう、余と利害が一致する。魔力を引き出されすぎて倒れないことだ」
「遠慮してくれさすがに…」
「余が遠慮して黙っていられるのか?」
「たぶん騒ぐ、解釈違いだから」
「ふははははは!!!」
オジマンディアスは高らかに笑うと、おもむろに唯斗を正面から抱きしめてきた。
この人とは初めての距離に、思わず動きも思考も止まる。
逞しい腕が背中に回り、分厚い肩に唯斗の顎が乗せられるような形で抱き締められたことに気づくと、唯斗はついに「は?!」と素っ頓狂な声を出した。
「な、なな、何して…!」
「契約するのだろう。さすがの余も、100キロ離れるにはライダークラスというものは負担が大きい。パスを深くしておく必要があろう。なんだ、動揺してその程度も推察できなかったか」
「あ、当たり前だろ、あんたと、こんな、」
「…こんな、なんだ?」
すると、オジマンディアスは楽し気に、しかし低く囁く。耳元に直接声を吹き込まれるようにされて、ぞくりとしたものが背筋を駆け上がる。
「んッ…!ちょ、なに、」
「先ほどの威勢はどうした?急にしおらしくなりおって」
「ッ、やめ、」
うなじあたりを擽るように柔らかく撫でられて、そのぞわぞわとする感覚から逃げるように、思わずオジマンディアスに深く抱き着いてしまう。背中に縋るように手を回してしまったことに気づいたが、本人は特に気にした様子はない。
混乱して思考が乱れたところで、オジマンディアスはぱっと手を離して唯斗を解放した。ついよろめいてしまうが、へたり込むような無様な真似だけは避けられた。
「時間が限られていることに感謝せよ。でなければ……まぁ良い。行くぞ、痺れを切らした玄奘三蔵にまた猿呼ばわりされてはかなわん」
つかつかと歩き出したオジマンディアスの後ろを、なんとか歩き出す。パスが繋がった感覚は確かにあって、これならオジマンディアス自身の格の高さもあって、聖都との距離もぎりぎりなんとかなりそうだ。
後半は絶対に遊ばれていたが、もう文句を言う気力はない。殴られるなら文句を言えたが、これ以上何か言うとどんなことをされてしまうのか怖くなり、唯斗は口をつぐむ。
「ふっ、賢明な判断だ」
「……そーですか…」
こちらを僅かに振り返って楽しそうに見遣るオジマンディアスに、なぜだか今になって疲れがどっと押し寄せたのだった。