邪竜百年戦争オルレアンI−8
「ここなら落ち着けそうです。まずは皆さんのお名前をお聞かせください」
森の中、人影も敵影もないところに腰を落ち着かせ、ジャンヌは改めてこちらに自己紹介を求めた。まずはマシュが名乗りでる。
「了解しました。私の個体名はマシュ・キリエライト。こちらは藤丸立香、私のマスターです。そしてこちらは雨宮・グロス…」
「雨宮唯斗、予備員だ」
ミドルネームを含めて紹介しようとしたマシュを遮り日本語名だけを名乗る。マシュは一瞬戸惑ったようにした。
ジャンヌは察して口を開いた。
「…この聖杯戦争にもマスターはいるのですね」
「いえ、聖杯戦争とは無関係なのです。私はデミ・サーヴァントにすぎません」
「デミ・サーヴァント…?」
サーヴァントなら一目で分かることだ。しかしジャンヌは首をかしげる。
そしてジャンヌは、自身に本来与えられるべき聖杯戦争に関する知識が大部分存在していないということを明らかにした。
本来、現界する際には座から必要な知識が与えられるという。それがジャンヌにはないのだ。
また、ルーラーとしての能力も著しく制限されている。
クラス・ルーラーは、サーヴァントに対して令呪の使用や真名の看破、サーヴァントの索敵などを行うことができるクラスで、聖杯戦争における調停者としての役割を持っているとされる。そのほとんどができないという。
「さきほど兵士の方は、竜の魔女と言っていましたが…」
「…私も数時間前に現界したばかりで、詳細は定かではないのですが、どうやら、この世界にはもう一人ジャンヌ・ダルクがいるようです。あのフランス王シャルル7世を殺し、オルレアンにて大虐殺を行ったというジャンヌが」
「同じ時代に同じサーヴァントが召喚されたということでしょうか?」
『うーん…聖杯戦争の記録を紐解けばその手の同時召喚の例はあると思うけど。ともかく、それで確定した。シャルル7世が死に、オルレアンが占拠された』
属性が異なる状態であれば同じサーヴァントが召喚されることは理論上不可能ではないだろう。だが本題はそこではない。ジャンヌ・ダルクが二人いるというのは変わらない事実であり、同時に、フランス王国は国土の北半分とギュイエンヌ、そしてオルレアンを喪失しているという厳然たる現実がある。
オルレアンはフランスのほぼ中央部に位置する交通の要衝であり、ここが陥落しているということは、フランス南部への侵攻は容易だ。もはや南部の主要都市はマルセイユやニーム、クレルモンフェランなど僅かだ。オルレアンが陥落すれば百年戦争は敗北していたと言われている。
このまま戦争に勝てずペストなどの流行にあえば、国家としての機能は喪失するだろう。
本来、ヴァロワ王室はこのあと16世紀まで存続し、ユグノー戦争終結とともにブルボン朝に交代、近代最初の人権とも言える信仰の自由が確立する。そして、ブルボン朝最後の国王ルイ16世とマリー・アントワネットの処刑によってフランス革命が絶対王政を否定すると、ついに人類は人権宣言の中で基本的人権を獲得するのだ。
この一連のプロセスが遅れれば、それだけ欧州文明の発展は後ろ倒しになる。フランス近代の歴史なしに、欧州の近現代はやってこないのだ。
僅かとは言え、ジャンヌに状況を説明してもらってから、マシュは「次は私たちの番ですね」と、カルデアとして人理焼却を破却するための旅をしている旨を説明する。