神聖円卓領域キャメロットIV−13
「…マスター、魔力が、このままでは危険な水準だ。こういうときにどうするか、分かるね」
しばらくそうしたあと、アーサーは体を離してそう切り出した。そうだ、まだ戦いは終わっていない。立香たちは今頃獅子王と邂逅しているはずなのだ。
魔力供給、それはマスターからサーヴァントに行うのが普通で、不足した魔力を一次接触によって供給する行為である。
魔力は唾液など体液に含まれており、この場合、簡易的かつ迅速に行えるのは、一つしかない。
「ごめん、そんなことまでさせて」
「むしろ僕以外がやっていたら、少し正気でいられなかったかもしれない」
「…?」
どういう意図での言葉か分からずにいると、アーサーは苦笑して、唯斗の体を抱え直す。
続けて、唯斗の頬に防具を消した指を滑らせて、顎を持ち上げる。強制的にアーサーの顔が眼前に迫り、その翡翠の瞳が近づいた。
「目を閉じて、僕のマスター」
「…、」
ひどく甘い声音のそれに、言われるがまま目を閉じる。
そして、唇に触れる、柔らかい感触。それがアーサーのものだと実感できないような気がした、その直後、ぬるりと唇を割って入ってくる舌に驚いて、つい縋るようにアーサーの腕を掴んでしまった。
アーサーはあやすように唯斗の頭を撫でて、角度を深くしてくる。
不思議とそれは甘く感じられて、これが魔力不足時の魔力の味か、と頭の別の場所がなぜか冷静に考える。流し込まれているのはアーサーの唾液のはずなのに、それはまるで蜂蜜のようにすら感じられた。
無意識にもっと、と強請るように舌を絡めてしまうと、さらに深くアーサーが口づけてくる。しかしだんだんと呼吸がしづらくなってきて、息が続かなくなる。
魔力不足の前に窒息死するのでは、とすら思ったとき、ようやくアーサーは口を離した。去り際にぺろりと唇を舐められる。
「…お疲れ様、マスター。体はどうだい?」
するとアーサーはいつもと同じ声で聞いてきた。いつもとまったく同じだったため、一瞬ぽかんとしてから、今のが魔力供給だったと思い出す。
「あ、あぁ、うん、だいぶ良くなった。これなら、右腕に治癒かけて歩けるようになる」
体はいきなりよくなっていて、魔力が全身に行き渡ったことで意識もはっきりとする。痛みも引いて、けだるさはなくなり、これなら歩くことも走ることもできそうだ。魔力がなければ魔術師とはかくも脆弱な生き物なのだ。
「よかった。右腕に回復をかけ続けておくんだよ。僕が君を抱えて、このまま頂上…玉座まで向かう。最果ての扉はもう開かれている。急ごう」
やはりアーサーはある程度、そのあたりの状況を理解している。同じ聖槍の使い手だからだろう。異世界とはいえ、ありえたイフの姿とも言える。
アーサーは唯斗をそのまま横抱きにすると、立ち上がって一気に塔の壁面を足で蹴って上空に飛び出す。
「う、わ…!」
「大丈夫、僕が君を落としたことはないだろう?」
ローマ以来、こうしていわゆるお姫様抱っこという運び方をされることは何度とあり、もはや唯斗は何も思わなくなっている。
ただ、まさか壁面にある僅かな装飾や窓枠を足場に、塔の外側を一気に飛び上がっていくとは思わなかった。どんどん高くなっていき、黒煙を上げる聖都や城の廃墟が眼下に遠くなっていく。
治癒術式を右腕に展開しながら、唯斗はさすがに目線を上に移した。同じく上を向いて足場を見定めているアーサーの精悍な顔が、青空の手前に見えていた。
本当に、アーサーがいる。アーサーが唯斗と戦ってくれる。この特異点でずっと意識しないようにしていた不安や寂しさが、空のように晴れていることを理解して、唯斗は呼吸を深くすることで気を引き締める。
これより行うのは最終決戦。獅子王との対決だ。