神聖円卓領域キャメロットIV−19
「…聖剣の返還を確認。同時に、聖槍も消失しました」
マシュが確認した通り、もはやアルトリアの手に聖槍はなく、代わりに剣の形を取り戻した聖剣だけが落ちていた。
唐突に沈黙が空間に満ちて、ギルガメッシュは鎖と魔杖を消す。その動きに、ようやく全員が呼吸を取り戻した。
『こちらも特異点の崩壊を確認した。時代を飲み込もうとしていた重力変動は消滅』
「カルデアで待っておるぞ、マスター」
「帰ったらゆっくりしましょうね」
ネロと沖田は、唯斗と手を離して立ち上がった立香にそう優しく声をかけてからカルデアに退去した。
特異点の原因も、時代を崩壊させようとした事象もすべてが解消し、戦いは終了する。
しかし、アルトリアは聖剣を持つと、こちらに向き直った。ダ・ヴィンチはすかさず口を開く。
「おっとまだやる気かい?もう君は聖槍の呪縛から解き放たれた、戦う理由はないだろう」
「王に刃向かう者を生かして返す道理はない。それに、私はまだ聖剣を振るっていない。それで私を倒したと吹聴されるのは心外だ」
「気持ちは大変よく分かるが、次は私も戦うことになる」
アーサーは自身の聖剣を構えてアルトリアに向けるが、しかしそこには威嚇も戦意もなかった。
ふと、唯斗は体の重力が徐々に薄れ始めたのを感じる。これはカルデアへの退去時の感覚だ。
『…そうか、聖杯!君たちはすでに聖杯を回収している、人理定礎を乱していた聖槍が消えたことで、修復が急速に始まったんだ!君たちはすぐにカルデアに退去することになる!』
「…三度目の戦いはなくなったな。残念だ。これが勝ち逃げをされる、ということか」
時代の修復が急激に始まったことで、弾き出されるようにカルデアへの退去が始まったらしい。
アルトリアは再戦がないことを理解して、玉座に戻る。獅子王は英霊の座にいる存在でもなければ、聖杯が呼び出した者でもない。あの丘から、ここまで自力でやってきた神霊である。この聖都とともに消え去るのだ。
「だが、だからと言ってベディヴィエール卿の行いが無駄であったわけではない。私は解放され、そして私だけが知りえた真実もあるのだから」
全員が退去の光に包まれ、徐々に体が透けていく中、アルトリアは言葉を続ける。それは、嵐の王となって人理から外れた存在、最果ての女神となったことで得た、魔術王の視界。
「魔術王ソロモン。その居城となる神殿は、正しい時間には存在しない。魔術王の座標を示すものは第七の聖杯のみ。あの聖杯のみ魔術王が自ら過去に送ったものだ」
『つまり、ソロモン王より過去の時代に七つ目の特異点があるということか!』
「簡単なことよな」
そこに、意外な声が割り入る。なぜか残っていたギルガメッシュだった。一緒にカルデアに戻ろうとしている意味が唯斗には分からなかったが、どうやら獅子王の言葉を待っていたらしい。
その様子から、なぜギルガメッシュがカルデアの召喚に応じたのか、唯斗の予想が正しかったと知る。
「6つの人理定礎の破壊は単なる保険。いわば完成した料理や食材に毒を混ぜるようなもの。だが、最初から毒のある皿に盛ればことは早かろう」
「世界史の始まり…シュメール文明か」
唯斗は言われてみれば合点がいく、と息を飲んだ。そうだ、何も7つも人理定礎を壊さなくても、そのうちの一つで済ませることは十分可能である。
世界史の始まり、教科書の最初の単元であり、人理定礎の土台そのもの。人類が人類たるゆえん。
アルトリアはギルガメッシュと唯斗をちらりと見て頷く。
「そうだ。それこそが人理焼却の第一手。魔術王はこう語らなかったか?七つ目の聖杯に至ったのなら脅威として認めようと」
魔術王が6つの特異点を修復したところで気にしないと語ったのも、レフが7つの特異点を修復する旅を無駄だと称したのも、これで納得した。
人類文明の土台を破壊することで、たとえ6つの特異点が修復されようと人理焼却は決定している状態をすでに作り出していたのだ。
そこまで分かったところで、いよいよ五感が薄れ始める。特異点から弾き出されるのだ。ギルガメッシュは話が済んだからか、一足先に去って行った。
「…カルデアのマスターよ」
最後に、アルトリアは玉座からこちらを静かに見つめる。
「この度のこと、私から謝罪はない。私は私の行いを今も正しいと考える。人を守る手段、正義は個人によって異なるからだ。だから…そなたたちは、自身が善いと感じた道を行くがいい。残る聖杯、最後の特異点にはそなたらの想像を絶する『悪』がいるだろう。ともすれば、それは魔術王をも上回る大魔、我ら人類の原初の罪である。星を集めるがいい。人間の悪性、どのような闇にも負けぬ輝く星を」
その言葉が聞き終わるかどうか、というところで、ついに聴覚も視覚も途絶え、光に包まれる。
体からすべての感覚がなくなり、そして、それが急速に戻り、重力が一気に体に押しかかった。