揺れる心模様−1
特異点から帰還して早々、医務室で治療された唯斗は、しばらく右腕に包帯を巻いて生活することになったものの、骨折したときのようなギブスはつけず、単に包帯を巻くだけで済んだ。
それでも動かしにくく、関節を曲げると少しだけ痛んだことから、やはりロンドンから帰ってきたときのようにサーヴァントたちが世話役を買って出ている。
いつも通り、サンソンとディルムッドを主体にエミヤがたまに参加しているが、今回はアーラシュも名乗り出たらしく、特異点帰還の二日後、自室にアーラシュがやってきた。
「よっ、マスター」
「…、アーラシュ…」
昼食を持ってきてくれたようだが、実はアーラシュと会うのはまさに特異点以来、あの裁きの光をアーラシュが防いだときぶりとなる。あのアーラシュはもちろん特異点の人物であるため、このカルデアのアーラシュではない。
それでも心がざわついて、アーラシュは分かっていたように微笑んだ。
「ほんとはすぐにでも来たかったンだが、けが人だし、あんま急に動揺させるわけにもいかんと思ってな」
「…うん、まぁ、間違ってない」
アーラシュは昼食のトレーをデスクに置くと、ベッドの淵に腰掛ける唯斗の左隣に座る。
その重みで沈んだことで体が僅かに傾いたのを、そのままにしてアーラシュに凭れた。アーラシュはすぐに防具を消失させて、ベージュのインナー姿になって受け止めてくれた。
胸元で抱き留めてくれたアーラシュは、唯斗の頭を優しく撫でる。そういえば、特異点の彼と異なり、カルデアのアーラシュはいつも優しい手つきだったように思う。
「…特異点に俺がいるっつーのは、ムッシュから聞いてたんだ。それで、敵対なんてしねぇよな、と思って一応霊体化して管制室で見守ってた」
「……全部聞いてた?」
「ばっちりな。誰が相手でもお前さんは変わらんな」
不特定多数に聞かれるには少し気恥ずかしいような感じもしたが、あっけらかんとするアーラシュに、そこはもう気にしなくていいか、という気分になる。
東の村で出会ってから、同じく東の村が襲撃されるまでの間、ずっとアーラシュは見守っていたという。
「特異点の俺とも契約したもんだから、パスがやたら強くなった気はしたな」
「やっぱり?俺もそんな感じがしてた」
あの村で、唯斗はアーラシュと契約したわけだが、ある意味でそれは二重契約でもあるため、カルデアのアーラシュと再会してなんだかパスが深くなっているような感覚があった。
「もちろん、座にあの特異点の記録はねぇし、俺の未来視はウルクの兄さんみたく別世界の自分まで見ることはできねぇ。何かを共有したわけじゃないが…それでも、管制室で見てて、やっぱりお前さんは良いマスターだと思った」
「…でも、俺は……いや、なんでもない」
「そういうとことかな」
でも自分はアーラシュに自爆の道を選ばせてしまった、と言おうとしたが、あの特異点でそうしたアーラシュのことを軽んじるような気がして、それ以上は言わなかった。アーラシュはすべて理解していて、また頭をそっと撫でつける。
「…あのとき、令呪で力を送ってくれたろう。マスターも分かってたと思うが、あのとき令呪は、必要ではなかった。でも確かに、俺は、励まされた。これも言うまでもねぇんだろうが、俺はもともと孤独は気にならんし、たとえ一人でもあの一撃はこなした。それを寂しいとは思わない。けど、それを全部分かった上で、一緒に戦うと言ってそばにいて令呪を送ってくれたことが、きっと、俺はこの上なく嬉しかったはずだ」
アーラシュはどこまで強く、偉大な英雄だ。孤独の英雄と言われようと、それは彼にとって大したことではなかった。令呪はあらゆる意味で不要なものでもあっただろう。
それでも、あれは唯斗の意思表示だった。同じく孤独な人生を歩んできた者として、マスターとして、最後までアーラシュとともに戦うという決意表明だった。