揺れる心模様−2
「カルデアに召喚された俺は、ずっと長くマスターを守れる。何度でも流星一条を撃てる。でも、あの一撃のためにお前さんの全力の覚悟を受け取った『俺』が、ひどく羨ましくすらあった。それくらい…俺は、嬉しかったよ」
「…、でも、やっぱり俺は、苦しかった。できればもっと長く一緒に戦いたかった。カルデアのアーラシュに会いたいと思った」
ただ凭れていた体をもっと深く押し付けるように抱き着くと、アーラシュも唯斗の背中に腕を回して抱き締める。肩口に顔を埋めて吐き出すように言えば、アーラシュはぽんぽんと背中を撫でる。
「残されるマスターには悪いことしたな。そう思ってくれたって事実に、ぶっちゃけ嬉しくなっちまうのも確かなンだが」
「なんだそれ…」
ぶすっとした声になってしまった唯斗に、アーラシュは小さく笑う。
「お前さんが言ってただろう?俺は、人間は人間として大事に思ってるけど、個人にはあまり意識を向けない。総体として捉えて一線を引いてるわけだな。でも、例外が一人いる」
「…?ペルシア王マヌーチェフルとかか?」
「はは、おい嘘だろ、ここまで言って分からねぇのか。こりゃすげぇな」
アーラシュが終わらせた戦争において、イラン側の王だった人物であり、アーラシュの上官だった者だ。しかし不正解だったらしく、アーラシュは苦笑する。
唯斗がそっと顔を上げて至近距離からアーラシュの精悍な顔を見上げると、普段の好青年然りとした様子ではなく、ひどく甘やかな表情を浮かべているのが見えた。それにどきりとして息を詰める。
そんな唯斗の様子を見て、アーラシュはさらに笑みを深くした。
「あんただよ、マスター…唯斗」
「なっ、んで、」
「なんで?そりゃ分からねぇフリだな。そういうのはズルだぞ」
そう言うと、アーラシュは唯斗をベッドに押し倒す。シーツの上に仰向けになった唯斗の上から覆いかぶさるように、アーラシュが見下ろしてくる。
はっきりと表情が見えるようになり、するりと頬を撫でられて、ようやく唯斗の頭が警報音を鳴らし始めた。
「アーラシュ…?」
「こう見えて神代の終わりの英霊なモンでな、悪いがベースの価値観はそこまでマスターと一致しない。人間は等しく人間として距離を置いてた俺に、ここまで個人への執着をさせたんだ、覚悟しといた方がいいぞ」
「覚悟、って…」
アーラシュは、総体として人間を捉えて一線を引いていたにも関わらず、唯斗には個人としての感情を抱いているらしい。
古代の英霊が、たった一人に思いを寄せるということの事態の重さに、いよいよ唯斗は内心で冷や汗を垂らす。アーサーが言っていたことが頭に浮かんだ。
「人理修復が実現したら、そうさな、場合によっては、他のサーヴァントが退去したあとに聖杯を一つばかりくすねてお前さんを連れてカルデアから逃亡して、逃げた先で聖杯使って受肉して、お前さんと生きてくって選択肢を選ぶかもしれねぇなぁ」
「な…ッ!」
アーラシュであればそれくらいできてしまう。もともと他のサーヴァントやスタッフからの信頼もある人物だ、隙をついて聖杯を盗み出し、カルデアを脱出して唯斗を連れ去ることもできてしまうだろう。
小特異点の聖杯では無理だが、魔術王の用意した聖杯を使えばあり得てしまう。
アーラシュはそこで言葉を止めると、シーツに肘をつくようにして姿勢を落とし、唯斗を抱き締める。そして、耳元で囁いた。
「例えばの話だが、実現するかはお前さん次第だな。あんま煽るなよ?」
「ッ…!」
ぞくりとして思わずアーラシュの逞しい二の腕を縋るように掴んでしまう。
アーラシュは起き上がると、少し呆れたようにして唯斗の頭をあやすように乱雑に撫でた。
「煽るなっつったそばから…ったく、けが人じゃなきゃ抱かれてたってのを覚えとけよ、マスター」
分別のあるサンソンや唯斗絶対のディルムッドとは違う。アーラシュは本当に手を出すだろうし、きっと唯斗も拒否しきれない。
言葉には気をつけようと肝に銘じつつ、初めて、アーサーを呼ばずに特異点での戦闘を続けて怪我しておいて良かったとこっそり思った。