揺れる心模様−4


なんとかアキレウスには翌朝のことを頼み、エミヤに手伝ってもらって夕食を取った後、部屋をアーサーが訪ねてきた。今日は様々なサーヴァントが入れ代わり立ち代わりやってくる。

あまりアーサーがこうして訪ねてくることはなく、さらには特異点でアルトリアとの最終決戦を行ったとき以来となる。混乱と疲労の中でのことだったため実感がなかったが、1か月近くアーサーと顔を合わせていなかった期間ができたのは、召喚してから初めてのことだった。


「どうした、アーサー」

「寝る前にすまない」


部屋に招き入れると、アーサーは心配そうに右腕を見遣る。


「腕の調子はどうだい?まだ痛む?」

「いや、普通にしてる分にはもう痛くない。サンソンがケアしてくれてるし」

「そうか…でも負担はかけたくない、座ってくれ」

「じゃあアーサーも」


唯斗はベッドに腰掛けて、左隣を示す。アーサーは応じて、唯斗の左側に座った。アーラシュとのことを一瞬思い出したが、性懲りもなく手を出されかけていたことが露呈したら怒られる。すぐに頭の隅に追いやって、アーサーの用事を聞いた。


「なんかあったのか?」

「…ちょっと、聞きたいことがあってね。そろそろ疲れも取れてきているだろうと思って」

「……ガウェインとの戦闘のことか」


アーサーの言葉に、おおよその当たりはついた。アーサーは頷く。


「エミヤ殿が焦っていたようだったから、相当追い込まれているんだろうと思って管制室に行ったんだ。そうしたら、ディルムッド殿とアキレウス殿が戦闘不能になってもなお、たった一人でガウェイン卿と対峙していたのが見えた」


ディルムッドとアキレウスに時間稼ぎをしてもらったはいいが、もはやあのとき、唯斗は走ってガウェインから逃げられるような状態ではなかった。
そこで、捨て身の魔術を使った。


「極めて高度な魔術を展開しているのは、ドクター・ロマニの様子から窺えたけれど、まさかあんな自身を犠牲にするものだとは思わなかった。かろうじて自死を図っていなかっただけで、近しいものだったろう。気が気じゃなかったよ、さすがにね」

「…アーサーが呼び出せると思ってなかったんだ。だから、もう手詰まりだと思った」

「責めるつもりはないんだ。ただ、どうして最後にダメ元で僕を呼んだんだろうと思ったんだ。ギルガメッシュ王を呼び出した方が攻撃を防げたはずだ」


アーサーはどうやら、ダメ元でチャレンジするなら結界が展開できるギルガメッシュだったはずだと思っていたようだ。確かに、魔力のコストからアーサーを呼べないと考えていたのであれば、同じように魔力コストのかかるギルガメッシュを呼ぼうとする方が自然だ。


「ダメ元でやったんじゃない、カルデアからの召喚を行おうとしたわけじゃなかった」

「…?」


しかしあれは、そういった心理ではなかった。そもそも、召喚しようとしたわけではないのだ。


「……ただ、会いたかっただけなんだ。ずっとアーサーと離れてて、戦闘で呼ぶ機会がなくて、通信で話せばいいって提案も否定して。それで、もうだめかも、と思ったときに、話しておけば良かった、呼んでおけば良かったって。後悔した。ただ単に…アーサーと最後にもう一回会いたかったんだ」

「っ、マスター…」


ただそれだけだ。会いたいと思って名前を呼んで、それが召喚術式を作動させて、カルデアからアーサーが呼び出された。


「だから、あのときアーサーが来て、夢か幻かと思った。それくらい驚いたし、そのあと…」

「…そのあと?」


ふと、唯斗はあることを思い出す。
そうだ、ガウェインを倒した後、唯斗は極端に魔力が窮乏しており、魔力供給を行ってもらったのだ。アーサーに、キスという形で。

あのときの感覚をまざまざと思いだしてしまい、顔に熱が集まる。なぜか今になって急に恥ずかしくなってきた。

そんな唯斗の様子を見て、アーサーも思い至ったらしく、目を丸くする。

あれはただの魔術師としての行為だったはずなのに、会いたくて名前を呼んだら颯爽と現れて、敵を倒してキスをするという童話のようなことをされたのだと遅ればせながら理解してしまった。
しかもそれに気付くと同時にこんなあからさまな反応をしてしまうとは、さすがに恥ずかしくなってくる。

すると、そのときだった。
突然、アーサーの顔が近づき、すぐ目の前に迫る。驚いて息を止めた瞬間、唇に触れる感覚と、視界いっぱいに広がるこの世のものとは思えない美しい顔立ち。

何をされたのか気付いたときには、もうその顔は離れていた。驚きでひどく呆けた顔をしている自覚はあったが、アーサーまで驚いたようにしている。
しばらく無言の時間が流れ、唯斗は隣に座るアーサーを見上げる。


「…アー、サー?」

「ッ、すまない…」


そして、弾かれたようにアーサーは立ち上がると、唯斗の頭をぽんと撫でる。それはいつもの労わり慈しむものではなく、あきらかに、誤魔化すようなそれだった。


「その…今のは忘れてくれ、すまなかったね。じゃあ、良い夜を」


焦ってそれだけ言うと、アーサーは足早に部屋を後にした。何も言えないまま唯斗は取り残される。

アーサーが何を考えているのか、なぜあんなことをしたのか、まったく分からなかったし、こういうことは唯斗の理解の及ぶ領分ではないのだが、いずれにせよ、ツキリと心が痛んだような気がした。


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