居場所は最初から−3


「悪い!大丈夫か!?」


そこへ慌てたように駆けてきたのは、ヘクトールだった。緑の甲冑を鳴らしながら走ってきたヘクトールは、珍しく非常に焦ったような表情をしている。


「てめぇヘクトール…!マスターに石当てやがったな!?」

「マジでこれはすまん、アキレウスに当てようとしたらアキレウスがあんまりにも俊敏に屈むもんだから、唯斗少年に当たっちゃいましてね、本当に申し訳ない。完全にオジサンのせいだ」

「い、いや、大丈夫…俺もどんくさかった…」


治癒魔術をかけているし、大したことでもないため、すぐに血は止まった。
アキレウスは、自分が避けたためだということと、ヘクトールが珍しく本気で焦って謝っているのを見て、怒りを鎮めた。


「結構血ィ出たな、痛かっただろマスター…くそ、マジでどうしてくれんだ輝く兜のヘクトールさんよォ…!」


額を押さえる左手で治癒をかけながら、唯斗を抱き締めるようにして庇ってヘクトールを睨みつけるアキレウスを見上げる。


「ただの事故だし、気にしなくていい」

「気にするに決まってんだろが」


アキレウスの腕の中にはいるが、抱き締められているわけではなく、体も触れていない。囲われているという状態に近い。

ヘクトールはすっかり申し訳なさそうにしながらも、唯斗が止血を確認して手を離したのを見て、血に汚れた額に手を伸ばす。


「悪い、汚れちまいましたね」


その瞬間、なぜかガウェインとのことがフラッシュバックした。脳裏に貫かれたアキレウスの姿が浮かび、それに重なるように、ディルムッドの槍に貫かれたヘクトールの姿が思い出される。


「ッ…!」


唯斗は息を飲み、そして思わずアキレウスに抱き着いた。同時に、バチッという音がして、ヘクトールが手を弾かれる。無意識に結界を発生させていたのだ。


「っ、マスター?」


アキレウスも驚いている。完全に、初手を結界で防いでサーヴァントのところへ退避する戦闘中の行動だったためだ。

今唯斗は、ヘクトールを敵だと認識していた。

恐らく、第三特異点で同様に敵だったヘクトールのことが、ガウェインを通じて思い起こされてしまったのだろう。思えば、ヘクトールとはいまだにろくな会話もしていなかった。


「あ……悪い、ヘクトール、」


アキレウスの鎖骨あたりに顔を押し付けていた唯斗は、すぐに顔を上げてヘクトールに謝罪する。今のが完全な敵対行動だったことは、この二人に分からないわけがない。


「…いや、全部オジサンのせいだからさ。気にしないでいいですよ、唯斗さん」


自分はいつまでこんなことをしているのだろうか。

いつまでも過去の出来事を引きずって、大英雄に余計な気を遣わせて。足を引っ張ることだけはあってはならないはずなのに、ガウェインという戦力を活かすこともできず、ヘクトールは唯斗と会わないように気を遣ってカルデアで生活している。

第三特異点でヘクトールに捕まるようなヘマをしなければここまで引きずることはなかったし、ガウェインだって立香に呼び出されていればもっと活躍できたはずなのだ。

湧き上がる自己嫌悪と罪悪感が、先ほどまで感じていた気分の悪さを急激に助長させた。
頭から少し血を流したこともあるだろう。


「っ、悪い、俺、先に戻る…ごめんな、ヘクトール」


唯斗はかろうじてそれだけ言うと、二人と強引に分かれて廊下を小走りで進む。二人は当然追いかけてくることはなかった。
唯斗は近くにあった共用トイレに駆け込むと、個室に入って、耐え切れず吐き出した。


「お″ぇッ、げほッ、っはぁ、」


繰り返し嘔吐するが、あまり食べていなかったために胃液ばかりが出てくる。それでも、腹から便器に吐き出すごとに、自分の中に溜まっていた何かも一緒に出て行くような、そんな謎の爽快感にも似たものを感じた。

便器を流して洗面台で手と口を洗い、鏡を見上げる。顔色はひどいが、ここ数日で一番すっきりしているような気さえした。

こんな行為を、悪くない、と思っている自分がひどく浅ましく思えて、唯斗はまた少し、気分が悪くなるのを感じた。


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