居場所は最初から−7
翌日、唯斗の代わりに立香がレイシフトを行った。
レイシフト要員の交代は珍しいことではなく、よく怪我をする立香に代わって唯斗がレイシフトをすることは多かった。だが、立香が唯斗の代わりに行うことは初めてだ。立香とマシュはなぜか張り切っていた。
とにかく、一つ一つ悩みの種を解決していかなければならないが、一人ではなんとかできるか微妙だ。ここは、立香やサンソンあたりに相談してみるべきだろうか。
そう考えながら、食堂で昼食のピラフを食べているときだった。
「貴様、それだけか」
突然、唯斗が座っていたテーブルの端のすぐ近く、通路で仁王立ちになったのはギルガメッシュだった。
すぐ右を見ればギルガメッシュの晒された腹筋が見えるような位置だ。
「ギルガメッシュ…?」
「最近、食が細いとは聞いていたが、貴様さては、人が見ているよりもずっと食べていないな」
唯斗はぎくりとする。嘔吐しているところまではさすがに知らないようで、知っていればストレートに言っているはずであろうことから、単にバレないように量を減らしたり残したりしているだろうという指摘だ。
「…ちょっと、食欲沸かなかっただけで…でも少しずつ増やしてるから大丈、」
「大丈夫ではないからレイシフトから外されたのだろうこのたわけ!」
ギルガメッシュの怒鳴り声に、賑わっていた食堂が静まり返る。
人に怒鳴られるなど、フランスで世話になっていた伯母から繰り返し叱責を受けていたとき以来だ。
あのときの伯母の怒鳴り声は、敵意や悪意のあるもので、唯斗も聞き流していた部分があった。
このギルガメッシュの怒声はまさに怒り、唯斗にとって経験のないものだ。
動けなくなった唯斗は言葉が発せられなくなる。
「なんのために貴様はここにいる!マスターとしての自覚はあるのか!」
「っ、」
「レイシフトもできぬマスターなら貴様など不要だ!!」
レイシフトもできないのなら唯斗という存在は必要ない、というギルガメッシュの言葉は、思い切り唯斗の心臓を貫いたような、そんな衝撃があった。
自分でそう思うことと、人に言われることとはまったく別なのだと、当たり前のことに今さら気づく。
「……悪かった、気をつける」
なんとかそれだけ言えたのを確認すると、ギルガメッシュは何も言わず去って行った。
情けなさと、心臓を直接殴られたようなショックとで、鼻がツンとするのを感じたが、慌ててそれを誤魔化すように水を飲んだ。冷水が喉を通る感覚で僅かにマシになった気がする。
気を抜くと目元が緩みそうになる感じがして、唯斗は勢いよくピラフを掻き込んだ。スプーンにすくった米を無理矢理飲み込んで、気持ち悪くなってくる感覚を押し殺すように嚥下していく。
早く食べ終わらなければ、ここで吐いてしまいそうだ。
「…あんま無理しない方がいいですぜ」
「そーだぞ、金ぴか王の言うことなんざ真に受けんなよ」
「ロビン、キャスター…大丈夫、ありが、げほっ、げほっ、」
そこに声をかけてきたのは、ロビンフッドとキャスターだった。見かねて声をかけてきてくれたらしい。
唯斗の隣にロビンフッドが、正面にキャスターが座る。
勢いよく食べ過ぎて咳き込み、ロビンフッドが「言わんこっちゃねぇ」と背中を摩ってくれた。
それでも唯斗は無理矢理掻き込んで、咳き込みつつなんとか飲み込むというのを繰り返す。
それを見て、キャスターは困惑の色を浮かべる。
「お、おい、さすがにマジで無理すんなって…」
「大丈夫だから…ぐッ、は、」
水で押し流して食べ進めるが、まだ皿に残った半分近い量を見て吐き気がこみ上げる。それでも、ここで残してしまうわけにはいかなかった。
しかし、食べようとした唯斗の手を浅黒い手が止める。
「そこまでだマスター。それくらいにしておけ」
「でもっ、」
さすがにエミヤも出てきたようで、スプーンを持つ唯斗の手を止めると、トレーを持って行こうとしてしまう。そこまでしてもらわなくても大丈夫だと唯斗は反論しようとしたが、エミヤは有無を言わさない声音で言った。
「そのような食べ方をされては、作った側としてもいい気はしない」
「ッ……ごめん、」
それはまさに正論で、こんな無理矢理食べてます、というのが丸わかりな食べ方はさすがのエミヤも嫌だろう。あまりに失礼だった。
力なく謝って、素直にスプーンをトレーに戻す。
「おいおい、さすがにそんな言い方はねぇだろうアーチャー」
「君とロビンフッドが優しく言って聞かなかったからきつく言ったまでだ。詰まらせたらどうする。吐いてしまっては元も子もないだろう」
キャスターは諫めてくれたが、唯斗は立ち上がる。そして、エミヤを見上げた。
「悪い、エミヤ、そんなこと言わせて。キャスターもロビンもありがとう」
あえてきつい言い方を選んだエミヤに謝り、キャスターとロビンフッドにも礼を言ってから、唯斗は席を離れる。頭の中がぐるぐるとして、それに応じて吐き気もこみ上げてくるが、かろうじて押しとどめて歩き出す。
ロビンフッドたちの視線を背中に感じながらも、唯斗はとにかく一人になろうと足を進めた。
「唯斗さん、大丈夫?」
「無理はだめよ!過ぎたるは及ばざるがごとしって言うでしょ?」
すれ違いざま声をかけてくれたのは、マリーと三蔵だった。ともに非常に心配そうな目をしていて、そういえば衆目を集めてしまっていたと思い出す。
レイシフトができなかった挙げ句、自分のサーヴァントに叱られ、さらには他のサーヴァントにまで要らぬ心配をかけさせてしまうなど、恥さらしもいいとこだ。
「…大丈夫だ、ありがとう。余計な心配させてごめんな」
「余計だなんて…」
心優しいマリーになんとか笑って返し、唯斗はその場を後にする。そろそろ限界だった。
食堂を出てすぐに、一番近いところではないが自室にも近いトイレに駆け込み、すべて吐き出す。
偶然誰もいなかったが、誰かがいたら絶対に心配させていた。人間の数が20人ほどであるため、トイレで人とすれ違うことは、管制室と食堂の近くでしか起こらない。
それを不幸中の幸いだと感じ、同時に、そんなことを思った自分をひどく嫌悪した。
爆発事故で亡くなった人々への重大な冒涜だ。あまりの自己嫌悪にもはや笑いが漏れた。
「…根本は変わってねぇのな」
立香に出会って変わった部分はあって、第六特異点では特にそれを感じたけれど、結局はそれもうわべだけということだ。
立香もマシュも唯斗を優しい人間だと言ってくれたが、そんなことはない。ろくに人と付き合ってこなかった世界のあぶれ者でしかない唯斗には、所詮、期待され必要とされるに足るような部分など存在しないのだ。