居場所は最初から−10
次の瞬間、バチッという音とともに、唯斗はバランスを崩して倒れる。
場所は管制室ではなくなっていた。代わりになぜかサンソンが現れていて、サンソンとロマニ、ダ・ヴィンチが目に入る。
「マスター!」
「どうしたんだい!?」
血相を変えるロマニとダ・ヴィンチ、サンソンに、唯斗は右手の指先を向ける。
早く、殺さなければ。
「っ、マスター!!」
唯斗がガンドを放った途端、サンソンがロマニを庇った。サンソンは魔力の多い唯斗のガンドが直撃して吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
「マスター!落ち着きなさい!ここはもうシミュレーターではありません!!マスター!!」
すると、ガウェインが唯斗の両肩を思い切り掴んだ。その痛みで我に返る。
シミュレーターに痛みはない。そのため、痛みが頭を覚醒させた。
目を瞬かせて室内を見渡すと、そこはシミュレータールームで、壁に凭れるサンソンをダ・ヴィンチが様子を確認している。
ロマニも覚醒した唯斗を見て、安心したようにしながらバイタルチェックを行った。
「あ……俺、今…」
「ありがとうガウェイン卿、君が非常停止コードを起動してくれなかったら危なかった。軽い錯乱状態だったようだけれど、落ち着いているね、大事にならなくて良かった」
「……サンソン、俺、ごめ、ごめん、」
唯斗はガウェインに支えられながらサンソンを見遣る。サンソンは起き上がり、唯斗に微笑んだ。
「大丈夫ですよ、マスター。サーヴァントですので、シングルアクションの魔術ごときではダメージを負いません。あなたは誰も傷つけていませんよ」
確かにダメージは負っていないだろう。だが、サンソンに対して攻撃をしてしまったという厳然とした事実は心に重くのしかかる。
しかも、シミュレーション内で多くのスタッフたちを殺してしまった。人間に対して、あれほど立香に殺さないよう特異点で言われ、それを守っていたのに、呆気なく唯斗は人を殺したのだ。
そうした現実を理解した途端、これまでにないほど猛烈な吐き気がこみ上げてきた。しかし足に力が入らない。このままではここで吐いてしまう。
「っ、ガウェイン…悪い、トイレ、連れてってくれるか…」
「…?かしこまりました。では失礼」
ガウェインは唯斗を抱え上げると、シミュレータールームの出口へ向かう。
慌ててロマニが声をかけてきた。
「どうかしたのかい?」
「お手洗いにお連れします」
「…そうか」
ロマニはすぐに用事を理解しただろう。それ以上は引き留めず、ガウェインは足早に部屋を出て近くのトイレまで唯斗を連れてきてくれた。
個室に入ると、唯斗は耐えきれず便器にすべて吐き出す。ガウェインに出て行ってくれと言うこともできなかったため、ガウェインはすぐ隣で唯斗の背中を摩ってくれている。
「うッ…お″え…ッ!は、げほっ、ガウェイン、いいから、」
「いえ。気を失わないよう控えています」
「いい、見るな…げほッ、はァ″っ、見ないでくれ、頼む…!」
「お気持ちは理解しますが、あれだけの精神的ショックの後です、放っておくことはできません。まずはすべて吐いてしまうのがよろしいかと」
涙目で咳き込みながら頼んだが、ガウェインは退こうという気配がない。
結局、すべて吐き出してしまうまでガウェインはそばに控えていてくれていて、苦しさと情けなさで本格的に涙が出てくる。
それを乱雑に拭うと、トイレを流して洗面台へ移動する。
口をゆすいで顔を上げると、鏡にやつれた顔が映る。いっそのこと死んでしまいたくなるほどの感情の高ぶりを抑えきれず、ボロボロと涙が零れだした。
「ふ…っ、ぅ、ッ、」
「マスター……」
唯斗の肩を優しく撫でるガウェインに、決壊した涙腺を止めることができなくなり、唯斗は少しでも零れるものを止めようと腕で目元を押さえる。
すると、ガウェインはそっと唯斗を抱き締めた。身長差自体は10センチほどだが、金属のブーツの踵が高いためもう少し差ができており、唯斗の目元はガウェインの厚い肩に押しつけられた。
「…、ガウェイン…?」
「私はきっと、このために召喚されたのかもしれません」
「…?どういう、」
「私はこれまであなたと築いた関係などありません。これまで様々な関係性を構築してきたスタッフやサーヴァントと違い、私であればどのような姿を見せても問題ないでしょう。どんな話をしても憚る必要などありません」
どうやらガウェインは、これまで積み重ねたものがない立場だからこそ、話が聞けると考えたらしい。
確かに、弱いところをあまり見せたくない他のサーヴァントたちや立香と違い、ガウェインになら何を話しても、少なくともそうした者たちより気兼ねないかもしれない。
それに、そもそもガウェインには深層心理を見られてしまっている。こうして吐いたところまで見られたのだ、もはや隠すことなど何もないほどだ。
唯斗はガウェインにそっと抱きついてみる。ガウェインは頭上でふっと微笑んで、より深く唯斗を抱き締めた。
包まれる感覚と温もりに、安堵したというよりは、諦めるような心持ちで、唯斗はついにすべてを口にすることにした。