居場所は最初から−16


「……いや、でも、俺、今初めて気づけたことがあるんだ」


しかし、唯斗は今になって、こういう過程で良かったのではと思うようになっていた。
先ほどオジマンディアスに認められる言葉をもらったときに気づいたことだ。それはどんどん実感を伴う形になっていて、どこか、晴れ渡るような、すっきりとした気持ちになりつつあった。

三人ともどういうことかと首をかしげる。

そこに、ガウェインがやってきた。手には粥が乗ったトレーがある。
ガウェインは「失礼」と言いながらデスクにトレーを置いてくれた。オジマンディアスはそれを見届けてから、「で?」と唯斗を見遣る。


「気づいたこととはなんだ。ここまで大ごとにしておいて良かったと思うようなことなのだろう」

「マスター…?」


オジマンディアスが急かすのを見て、ガウェインはどうしたのかと一緒になって聞く姿勢になる。


「…俺さ、今まで、人理を守りたいって思うようになった理由は、特異点の修復の中でだんだん世界のことを好きになれたからだと思ってたんだ」

「違うのかい?」


アーサーはその過程をずっと見てきていた。唯斗は「違くはない」と首を振る。
確かに唯斗は、グランドオーダー当初は世界のことなんてどうでも良かったところから、だんだんと人理を守ることに肯定的になっていった。


「最初は、どうせ居場所のない世界だったから、どうでも良かった。でもフランスでジャンヌやマリーに出会って、彼女たちがいた国なら守ってもいいと思うようになって、それはだんだん、人理全体に及んでいった。だから俺は世界のために戦うんだと思ってた。たとえ居場所がなくても」

「余と戦った際にも言っていたな。随分と利他的な理由だと思ったが」

「うん、その通りだと思う」


自分を度外視した願望だった。オジマンディアスとの戦いの際、それをギルガメッシュにも指摘されたが、そのときは己の願望が必ずしも己を主体とするとは限らないと答えた。
だが、もう少しその先があったのだ。


「…居場所がないっていうの、気のせいだったかもしれないって、オジマンディアスにさっき褒められたときに思ったんだ」


もちろん、事実として唯斗に居場所などない。帰る場所も、帰りを待っている人もいないのだから。


「……確かに俺は一人で、居場所なんてない。でも、フランスや日本で一人で暮らしているとき、ずっと歴史の勉強をして、偉人の伝記や神話を読んでる間、俺は一人じゃなかったんだ。俺は世界の歴史において最も偉大な功績を残した王はオジマンディアスだと思ってて、そのオジマンディアスに認められる言葉をもらったから、気づけた」


たまに当のオジマンディアスから引かれるほどラムセス2世が好きな唯斗だが、同じように世界中の様々な王や英雄が好きだったし、歴史を学ぶこと自体が好きだった。召喚術の家系に生まれた者としての勤め、というよりも、誰からも疎まれて存在を否定されながら生きてきた中で、歴史のことを勉強している間だけは、唯斗は一人ではなかったのだ。


「歴史は、世界は、俺に居場所をくれていた。歴史を知って、世界を知れば知るほど、この世界そのものが居場所になるような気がしてた。偉大な王や格好いい英雄たちが繋いでくれた世界史の末端に自分がいるんだっていう事実が、俺自身の存在の実感をくれるような、そんな感じがしたんだ」

「マスター…」


アーサーは驚いたようにする。これは本当に、今初めて気づいたことだったからだ。思い出したこと、あるいは初めて自覚したことと言ってもいい。


「俺に生きてる実感をくれた世界の歴史に報いるために、俺は頑張れてるのかもしれないなって、そう気づいた」


唯斗が言葉を終えると、ガウェインはおもむろに唯斗の正面に跪いた。いきなりのことに少し面食らう。


「私は、本当に素敵な方の元に召喚されました。改めて感謝を。必ずや、あなたの先に歴史を繋ぐための力となりましょう」

「……ありがとう。少し遅くなったけど、よろしくな、ガウェイン」

「ええ、よろしくお願いいたします」


ガウェインが微笑んで頷くと、今度はオジマンディアスがぐしゃぐしゃと唯斗の髪を乱すように撫でてきた。乱雑なそれに首が一瞬痛む。


「わっ、なに、」

「やっと人間らしいところを見せおって。それでこそ、余が庇護するべき民衆の姿。この神王の力を得ること、誇りに思うといい」


オジマンディアスが手を離すと、ガウェインは立ち上がってギルガメッシュの方を向いた。


「マスター、今ならギルガメッシュ王も頼み事や願い事の1つや2つ聞いてくれるのでは?」

「貴様すっかり加害者でなくなったかのような顔をしおって…!」


願い事か、と少し考えてみる。別に何が欲しいというわけではないが、言葉にすることができないギルガメッシュとの間でけじめをつけるには、それなりに道理だと思う。


「…あ、じゃあ、1つだけ」

「ほう?何もないと流すかと思ったが…よい、申してみよ」


ギルガメッシュは意外な答えに興味が湧いたのか、ベッドのそばまで近付いてきた。
唯斗は不敬だと怒られるだろうか、と思いつつも口を開く。


「名前、呼んで欲しい。俺のこと呼んでくれないだろ、立香たちは呼ぶのに」


主に雑種だの凡夫だのといった言葉だが、唯斗にはそういうことはない。
本当はちょっと気にしていたため、言葉の後半は少し拗ねたような声になってしまって、子供っぽすぎたかと気恥ずかしくなる。


「…ふん、良かろう。名前など些事に過ぎんからな。必要なら呼ぶまで。…唯斗」

「っ!すげ、ギルガメッシュ王に名前呼んでもらえた。ありがとう」


だがギルガメッシュは意外にも拘りがないらしく、すぐに呼んでくれた。
低く美しい艶のある声で呼ばれたことに、唯斗は久しぶりに頬を緩めた。笑顔というには細やかだろうが、ずっと苦しかったここ数日を経て、オジマンディアスとギルガメッシュの二人にこうして名前を呼んでもらい認めてもらえたことが、あまりに嬉しかった。

するとギルガメッシュは突然唯斗の近くにゲートを開くと、そこから指輪を一つ落とした。
ベッドに転がったそれは、見事なレポゼ技法の施された純金の指輪にターコイズがはめられたもので、一目で極めて良質なものだと分かる。


「…え、これ……」

「くれてやる。せいぜい人理修復後、誰のおかげで世界の歴史が生まれ、後に紡がれていくこととなったのか、その指輪に思い出すがいい」


なんとギルガメッシュはこの指輪をくれるらしい。バビロンの宝物庫に入っているものはすべて本物、エーテルによって再構築されたものではないため、ギルガメッシュが座に帰っても残るものだ。
まさかそんなものがもらえるとは思わず唯斗は呆然とする。


「…では、私たちはこれで。あとは異世界の我が王よ、頼みます」


ガウェインは目を白黒させる唯斗に気を遣ったのか、暗に古代王たちにも部屋を出て行くように言いつつ立ち上がる。
オジマンディアスとギルガメッシュも特にそれに対して何を言うでもなく、部屋を後にした。

あっという間に、部屋には唯斗とアーサーだけが残される。


352/460
prev next
back
表紙へ戻る