居場所は最初から−17


「彼らは、彼らなりに、それぞれの方法で君を最も大切に扱おうと意思表示をした。それなら僕も……あぁ、けれどなんと伝えたものか」


アーサーはそう言って、あの日と同じように唯斗の左隣に座った。久しぶりの距離の近さに、唯斗は無意識に安心して嬉しくなってしまったが、同時に、気まずさも戻ってきて、どうすればいいのか分からなくなる。
それを理解しているアーサーは、苦笑して、そっと唯斗の目元を撫でた。


「随分と泣いたんだね。本当にすまない、大人としても、一人の男としても。どうしたものか、分からなくて」

「アーサーにもそんなことあるんだな。いや、結構お前、やらかすときはやらかすか」

「うっ…まぁ、そういうところも君にしか見せていないのだけどね」


ロンドンやアメリカで動揺するアーサーを何度か見ているし、あの日も動揺していたのだろう。
そう分かると、唯斗も楽になる。アーサーも、分からなかったのだ。それなら分からない同士でちょうどいい。


「…僕は、君が特別だ。その、キスをしてしまうような感情で」

「…この期に及んで迂遠な言い方はずるい」


ずばりと言ってやると、アーサーは息を詰める。そして、「降参だ」と笑った。


「…好きだ、君のことが。世界で一番大切だ。ずっと守りたい。僕だけが君を守りたい。そういう感情でキスをした。君が僕に会いたいと思ってくれていたことを知って、舞い上がって思わずキスしてしまうくらい」

「やけくそ?」

「ああそうだよ」


開き直ったアーサーに、つい唯斗は笑ってしまった。
いわゆる「恋の告白」というやつなのに、しかも王子様のような見た目の人物からのものなのに、なんだかおかしくなってしまったのだ。

鈍感だと言われる唯斗だが、さすがにキスまでされてしまえば、なんとなく察することはできる。その上で、ラインを超えないようにしていたのだ。

理解することを無意識に避けていた、と言う方が正確か。

なぜなら唯斗とアーサーはマスターとサーヴァント、有限の関係だ。そのラインを超えてしまえば互いにつらいだけだ。
単に座に帰って記憶が記録となるだけのサーヴァントならまだしも、アーサーはアヴァロンにいる王だ、記憶を保持してしまう。
人間として生きていく唯斗だって同じで、お互いに、関係性を発展させることは苦しい道だと知っていた。

だからアーサーは今までそれっぽい言葉は言えどはっきりと気持ちを告げることはしなかったし、唯斗も引き際を本能でわきまえていた。

なんとなく理解していたその感情を見えないふりで誤魔化した。アーサーは唯斗がそうすると分かっていたから、婉曲的な言葉は言うことがあったし、それに唯斗も分からないふりをした。

だが、それは唯斗にとってパフォーマンスを下げる逆効果だと、今回のことで知った。


「……俺も、特別だ。正直、家族愛すら知らない俺は、好き、とかそういうの、よく分からない。でも、アーサーは特別で、こうして隣にいてくれると嬉しいし、ずっとこうしていたいと思う。だって、アーサーは俺のことを初めて助けてくれた、守ってくれた、抱き締めてくれた。生まれてから初めて、生きることを望まれたんだ。グランドオーダーまでの俺の生きる理由ですらあった」


父の魔術の触媒として、切り付けられて血を流していたあの日。
アーサーが偶然にも助けてくれて、それが唯斗にとって初めて、生を願われたときだった。
元から特別だったのだ。アーサーと再会することを生きる理由にしていたくらい。それは淡いものでしかなかったが、カルデアで、奇跡が起こった。


「僕も数奇な運命だと思ったよ。あのとき助けた少年のサーヴァントとして召喚される日が来るなんて。そして、第二特異点で君の悲しい強さを知って、そばで支えたいと思った。第三特異点で藤丸君と衝突しながら次第に成長していくことに安心した。何より、第四特異点で君は僕を諫めてくれたし、この世界のサーヴァントたちと向き合う勇気をもらったし、第五特異点では励ましてくれさえした」


召喚直後のローマでは、まだお互いに理解が足りていないところがあった。そこで唯斗が立香のために身代わりになってでも戦う覚悟を示し、初めてアーサーは唯斗の内心を知った。
オケアノスでは立香との衝突の中で人間的な成長を実感するようになり、それをアーサーは見守ってくれていた。
そしてロンドンでは、ソロモンに一人で立ち向かおうとするアーサーに、この世界の人間こそが戦うべきだと指摘して、その上でアーサーにとっての戦いでもあることを踏まえ、共に戦おうと改めて言った。

その後、バレンタインのときに、やはり異世界の存在であることを理由にカルデアのサーヴァントと関わろうとしなかったアーサーに、自分も同じく世界に居場所がない身だと告げたのだ。このとき、アーサーは、唯斗が居場所のない世界であっても守ろうとしているのだと理解したのだという。

アメリカでは、ギリギリの戦いの中でカルナに遅れを取り焦っていたアーサーを唯斗が宥める場面もあった。
アーサーは情けないと言ったが、近い未来の別れを知る唯斗からすれば、人間的な部分を見せてもらえることで距離が近付くようで嬉しかったのだ。

こうした過程の中でアーサーは繰り返し、唯斗への思いを何度か伝えてくれていた。
名前のついた感情ではなく、共に戦いたい戦友だと言ってくれた。


「守るべき相手ってのよりも、共に戦う戦友で言ってくれただろ。あんなに認められるような言葉もらえたの、本当に嬉しかったけど、助けられてばっかりだから実感もあんまなかった。もちろん、常に一緒に戦ってるつもりだけどさ」

「自分で言うのもなんだが、英霊である以上、僕はある程度完成された人格だ。なのに、支えるべきマスターに、僕は何度も諭され、気付かされ、励まされてきた。孤独な戦いを続けていた僕にとって、ここまで心を開いてそれを預けることができて、一緒に戦おうと言ってくれる人は、初めてだったから」


唯斗は11歳のあの日と、このグランドオーダーの間、ずっとアーサーに助けられ、守られてきた。人として成長するために世界とぶつかっていくことを、見守ってくれていた。
アーサーにとっても、世界を渡り歩く孤独な旅と戦いの先に、カルデアでこうして唯斗と出会い、剣と背中と心を預けられるようになり、マスターというのを差し引いても特別な存在となったそうだ。


「色んな意味で、俺にとってアーサーはすごく大きい存在で、特別だ。この気持ちを自覚してずっと持ち続けるのが苦しいだけってのも、分かってる」

「うん。僕も、君にあんな勢いで行動してしまって、これでは互いに苦しくなると思った。それで少し接触を避けていたんだが…君が第六特異点にいる間からすでに、僕は君の隣で戦えないことがずっと苦しかった。もうすでに苦しくなっていたのに、まだそれを避けようと、君と距離を取って、君を傷付けてしまった」


お互いに分かっているのだ。お互いが、必要不可欠な存在にまでなってしまっていることを。
その上で、二人揃ってそれを直視してこなかった。それが、今回のことで初めて直視できたのだ。
もともと欧州には「告白」という儀式は存在しない。関係性の区切れとしてこのような言葉による儀式めいたことは慣習にないが、それでも、ともに前に進むために必要だった。


「この感情の正体が分からなくても、直視して自覚することは、これから戦うために必要だって理解した。だから、俺は、あえて苦しいって分かってる道でも、世界のために戦う上で最大限の力を出せるように、アーサーを特別視することから逃げないようにしようと思う」

「そうだね。僕ももう、覚悟を決めて腹を据えよう。君の″大人びた子供のふり″に甘えるのもやめだ。君に正面からぶつかろう」

「……だから、その、」

「うん」

「…もう一回、」


そこまでしか言葉にならなかった。
アーサーが口を塞ぎ、自然と唯斗は目を閉じていた。アーサーの唇と触れ合うのは、これが三度目だ。
一度目は必要に迫られて。二度目は無意識に。三度目は、決意のために。

遠くない未来にやってくる離別を知っていて、それでも、人類の未来のためにも、この一瞬を憂いなきものにするための覚悟だ。

きっととても苦しいだろう。これだけ大きい存在となったアーサーと離れて、一人で生きていくには、世界は些か唯斗に残酷だ。
それでも、唯斗はこの世界に居場所を与えてもらった。それに恩返しするためにも、唯斗は戦いたいと思った。

アーサーと二人、最も強い絆と感情で繋がった力で、残る最後の特異点を生きて修復するのだ。

唇が離れて、至近距離で目線が合う。
ピントが合わないのも、翡翠が揺れるのも、距離が近いせいだけではない。


「…僕は君を守り世界を守る」

「俺はたとえ世界に居場所がなくても戦う」


今から「そのとき」を意識してしまいそうになるのを蓋するように、唯斗はアーサーの肩に顔を埋める。

唯斗の頭を撫でるアーサーの優しい手も、少しだけ、震えていた。


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