居場所は最初から−19
唯斗はロマニに言われた通り、医務室を後にする。ロマニとサンソンと分かれて廊下を歩き始めるとすぐに、アーサーがやってきた。医務室に向かっていたらしい。
「あぁ、良かった。様子を見に行こうと思っていたんだ。結果はどうだった?」
「前の水準に戻ったって。これでレイシフトできるようになる」
「そうか、それは良かった」
どうやらアーサーは唯斗の様子を見に行こうとしていたらしく、唯斗と鉢合わせたことで、唯斗と一緒に元来た廊下を歩き始める。
アーサーとは、あのあと、特段関係性を変えたわけではない。いわゆる恋人のような関係性になりたいわけではなかったし、そもそも唯斗にはそういった感情がまだよく分からない。
ただ、隣にいたい、そばにいたいという感情は共有していて、こうしてよく一緒に行動するようになった。
「…そういやさ、今、ロマニとサンソンに、最近自然体になって丸くなったって言われたんだけど」
「そうか。僕も同意するよ。元から可愛かったけどもっと可愛くなったね」
「な…っ、お前な、」
そして、アーサーは臆面もなくこういうことを言うようになった。
今まではお互いに自制していた、距離を詰めすぎる言葉を、あまり躊躇しなくなったのだ。とはいえ、唯斗はそもそもそういう言葉を口にすること自体に耐性がないため、アーサーが一方的に今まで我慢していたものを解禁したような形である。
唯斗としては、きざったらしくならない純正品王子様なアーサーにこんなことを言われると、さすがに動揺してしまう。
すると、二人のところに快活な声がかけられた。
「おーいセイバー、昼間からマスター口説くとはやるなァ!」
階段に差し掛かったところで階下から上がってきたアーラシュで、アーサーはその言葉を聞いても特に表情を変えない。
「口説いているつもりはないさ、事実だからね」
「大変だなぁマスター、吹っ切れたセイバーは厄介だろう」
「吹っ切れたマスターも隙が多くなったから、そういう意味では厄介だけれどね」
唯斗が答える前にアーサーが言ったため、アーラシュは「確かにな」と苦笑する。これでも警戒心は増したのだ、心外である。
「別に隙が多くなってなんかない。そこまで変わってねぇだろ」
「へぇ?」
アーラシュは楽しそうに笑うと、突然、唯斗の腰を抱き寄せた。逞しい腕に抱き込まれては抵抗もできず、鼻先が肩にぶつかって痛む。
「な、にすんだ、」
「唯斗、今晩部屋行っていいか?」
「え…」
「それとも、俺はダメか…?」
耳元のすぐそばで、甘く囁くようにお願いをされて、唯斗はどうしよう、と迷う。つい、「だめ、ではない…」と返したところでハッとした。
「マスタ〜?」
アーサーがジト目で見てきて、早速隙を見せたという事実に言葉が詰まる。それを見て、アーラシュは楽しそうに笑った。
「あっはっは、マスターは本当チョロいなぁ。マジで気をつけないとだめだぞ、信用できんのはセイバーと赤い弓兵さんくらいだろ」
「そうだね、ガウェイン卿はもちろん忠義の騎士だが、色恋沙汰となるとね。押してなんとかなる相手には押していくタイプだから、マスターのように押しに弱いと心配だ」
正直その通りだと自分でも思う。アーサーのような自制心の塊くらいの人物か、エミヤのようにサバサバとした人物であればそこまで問題はないだろうが、ガウェインをはじめ他のメンバーは押しが強い。
「ディルムッド殿も、ケルト神話の出だからね、警戒するように」
「おや、お呼びですか」
そこに突然現れたのはディルムッドだった。霊体化していたらしい。
「盗み聞きか?」とからかうアーラシュに、ディルムッドは生真面目に「いいえ」と答える。
「ご様子を窺いに行こうとしていたところ、アーサー王とアーラシュ殿を伴われていたのが見え、距離の近さもあったので警戒しておりました」
「一対一じゃないのに?」
「三人で、ということもありましょう」
「三人………?」
アーサーとアーラシュがけん制し合って警戒する必要がなくなるのでは、と思った唯斗だったが、ディルムッドの言葉にどういうことか分からず動きが止まる。
唯斗とディルムッドのやり取りを聞いたアーラシュは豪快に吹き出し、ゲラゲラと笑い始める。アーラシュから離れてアーサーに近づくと、アーサーは唯斗の肩を抱いた。
「ほら言っただろう、騎士といえどケルト兵だと」
「三人って…どういう……」
「私としたことが、マスターに要らぬ知識を教示してしまいました…!大変失礼を」
何の話か理解できなかったが、唯斗はとりあえず流すことにした。恐らくこの感じは、生きていく上で極めて不要な部類の知識だ。
「…まぁ、どうでもいいけど。それより、バイタルが正常に戻ったから、またレイシフトすることになる」
「そうでしたか!それは良かった。このディルムッド、次こそはあなたに一点の憂いなき勝利をお約束しましょう」
「げほっ…あー笑った。それにしても元に戻ったんなら良かった。新しい円卓のセイバーとも合わせる訓練しねぇとな」
ディルムッドは即座に切り替えてにっこりと笑った。アーラシュはまだ目じりに涙を浮かべながらも、ガシガシと唯斗の頭を撫でる。
ちょうどこのメンバーが、直近で最後のレイシフトをしたメンバーである。あのワイバーンの群れとの戦闘をした三人だ。
「次は、全員生きてカルデアに帰還する。次だけじゃなくずっとそうなるように頑張る」
「そう気負わずとも、あなたなら本調子であれば十分可能です。過信は禁物ですが、普段のあなたのオーダーにまで自信をなくす必要はありません」
ディルムッドは世辞などではなく、真摯にそう言った。きちんと正当に評価するように、というアドバイスである。
「…ありがとな。だいぶ痛い目見たし、きちんと体調には気を付ける」
いつでも万全の体制で臨めるようにしなければならない。そう言えば、ディルムッドも笑顔で頷いた。
本来であれば、このようなこと、こんな事態になってまで気付くべきことではなかった。反省すべきは反省するとして、これからは勝ち方もしっかりと目標にしようと思った。