居場所は最初から−20
アーラシュたちと分かれてから、唯斗とアーサーは食堂へと向かって歩き出したが、ふと用事があったことを思い出す。
「そうだ、ヘクトールに会いたいんだった」
「ヘクトールに?」
最後の解決したい事柄であるヘクトールとのことは、もう直接話をつけて向き合うしかないと思っている。ただ、ガウェインのことを乗り越えた今、遠い第三特異点のことも非常に薄れており、踏ん切りさえつけば問題ないだろう。
「彼も僕と同様、あまりカルデア内で人の集まる場所にいないからね。喫煙室でよく見かけるという話を伝え聞いたことがあるけれど」
「そうなんだ。でもずっと張り込むわけにもいかないしな。アキレウス呼ぶか」
「呼んだか?」
「うわ、」
思ったよりも遥かに速いスピードで現れたアキレウスに、さすがに驚いた。アーサーも驚いていたため、近くにいたのかと察する。
「食堂に向かってたんでな。マスターの気配がすんなって思ってたら呼ばれたからすぐ来たぜ」
「そんな俊敏に来てもらったところ悪いんだけど、ヘクトールの場所分かるか?」
予想通り、アキレウスは元から近くにいたようだ。
一方で、唯斗の用事を聞いたアキレウスはあからさまに顔をしかめる。
「放っておきゃいいのに、律儀だなァ」
「そうしたいだけだから。やらなきゃ、って思ってるわけじゃない」
「…そうだな、お前さんはそういうヤツだったな。じゃあひとっ走り探してきてやっから、ここで待ってな」
言うなりアキレウスは一瞬で姿を消した。霊体化を含めているとはいえ、それにしてもほとんど瞬間移動のそれだ。
2分ほどして、雑談に興じていた二人の前にふっと姿が現れた。アキレウスとヘクトールだ。往路はともかく復路はヘクトールの速さに準じるため、相当早く見つけたようだ。
「お待たせいたしやした、唯斗さん」
「連れてきたぜ〜。どうする?ボコすか?」
「お前にボコされる謂れはねェって言いたいところだけど、オジサンが全面的に悪いからなぁ」
苦笑するヘクトールだったが、唯斗は「別にお礼参りじゃない」と前置きする。お礼参りという表現自体の治安が悪かったことにアキレウスがおかしそうに笑うが、ヘクトールはしっかりと唯斗の正面で向き直る。
「とりあえず、ずっと引きずってて悪かった。信用してないわけじゃないけど、なかなか警戒心が消えなくて。でも、トラウマってほどのものでもないから」
「オジサンもね、漠然とだけど、第三特異点で敵対したような記憶はあるんですよ。詳しいことは覚えてないけど…それなりに怖い目に遭わせたんだろうな、とは自覚してます」
ヘクトールは、マスターである立香だけでなく、マシュや唯斗にもこうして崩れた敬語口調で喋る。サーヴァントとしての立場を意識するタイプの英霊ということだ。
政治家としても辣腕を振るったヘクトールだ、そのあたりの距離の取り方もうまいと言える。
「…すぐにどうこうできるかは分からないけど、でも俺は、ヘクトールとの関係を正常なものにしたいと思う」
「嬉しいけど、別に無理しなくていいんですよ?俺と関わらなくても十分、なんとかなるでしょう」
ヘクトールは無理をするな、と言ってくれているし、実際にその通りだが、唯斗とて必要に迫られてこうしているわけではない。
「必要かどうかで言えば、確かに不要な試みなんだと思う。でも俺は、単純に、あのギリシア神話のヘクトールと会話できるならしたい。ただ憧れだからってだけなんだ。必要だからとかじゃなく…あなたと話してみたい、それだけなんだけど、ダメか…?」
唯斗の言葉を聞いたヘクトールは目を丸くしたあと、それを緩めて、そっと唯斗に手を伸ばす。しかしすんでで、動きを止めた。石を誤って唯斗に当ててしまったときのことを思い出したのだろう。
逡巡するのを見て、唯斗は自分から、その大きな手の平に頭を近づけた。前はなぜこうも撫でられるのかと思ったこともあったが、今やサーヴァントたちが事あるごとに撫でてくるため、もはや気にならなくなっている。
ヘクトールは苦笑すると、ついに唯斗の頭をぎこちなく撫でた。まだ遠慮がちなものだが、ふと第三特異点でのことを思い出す。
「そういや、第三特異点でのあんたも、実はこうやって撫でてくれたことあったんだ」
「そらこんな可愛い少年に憧れなんて言われちゃ、敵でもぐらっときちまうってもんですよ」
すると、黙って見守っていたアキレウスがおもむろにヘクトールの腕を掴んだ。
「おっと、無料お試し期間はそこまでだ。続きは俺たちサーヴァントの許可を取ってからにしてもらおうか」
「はァ〜やだやだ、余裕のない男ってのはこれだから」
「私からも忠告だ。いくらマスターが流されやすくてチョロいからと言って、ギリシア基準で行けると判断して手を出さないように、ヘクトール殿、アキレウス殿」
「え、俺も?」
アーサーまでそう言って、アキレウスが腕を離した隙に唯斗を抱き寄せる。というか今、しれっと失礼なことを言わなかっただろうか。
「唯斗さん…惚れた腫れたに口出す気はないけど、厄介なのには気を付けてくださいよ、ウルク王とか」
なぜか気遣しげなヘクトールに、こういう話がしたいわけではなかったのだけどな、と思いつつ、しっかり正面から向き合って話せたことで内心ではホッとした。