居場所は最初から−21
ヘクトールとは、また今度トロイアの復元図の中でどれが一番史実に近いかを教えてもらう約束をして別れ、アーサーと唯斗は食堂にやってきた。
これまでは、体調に万全を期すために食事を自室に持ってきてもらっていたが、診断結果も良かったため、この昼食から食堂で取ることにしたのである。
カウンターで甘口カレーを注文して待っていると、厨房からエミヤが顔を出す。
「おや、今日は食堂かね」
「結果良かったから。もう大丈夫だ」
「それは良かった。ちょうど、ダ・ヴィンチ女史との協議を重ねて発明したフードプロセッサーが完成したから、スムージーもつけよう。それなら多少は野菜も取れるだろう」
「特許取って発売すれば一山当てられそうだなそれ…」
エミヤとダ・ヴィンチが共同開発したというフードプロセッサーは、さぞ多機能なことだろう。
スムージーという野菜ジュースのようなドリンクを受け取って、カレーが出てくるのを待つ間に一口飲んでみる。
「…あ、美味しい」
「そうか。それなら君の食事にはスムージーを添えることにしよう」
「手間じゃないか?ていうか俺だけってのも…」
「特別扱い、という自覚はあるさ。なに、私がそうしたいというだけの我儘のようなものだ、気にしなくていい」
「エミヤ殿なりに君を甘やかしたいのさ。受け取るといい」
アーサーもそうフォローしたため、唯斗は頷くことにした。申し訳なさは拭えないが、そうやって細やかに考えてくれることは素直に嬉しい。
「…ありがとう、エミヤ。いつも本当に助かってる」
「厨房のシェフに見えるかもしれないがあくまで君のサーヴァントなのでね。当然だ」
いつも通り皮肉交じりにではあるが、微笑んだエミヤの表情は優しい。唯斗はトレーを受け取ってもう一度礼を言ってから、アーサーとともに空いている席を探しに食堂内へと足を向ける。
そこに、元気よく声がかけられた。
「唯斗!」
少し離れたテーブルで手を振っているのは立香とマシュだ。同席しているのはランスロットとガウェインで、ガウェインはすぐに立ち上がるとこちらにやってきた。
恐らく唯斗には気づいていただろうが、エミヤと話しているのを見て待っていてくれたのだろう。
「マスター、お加減はいかがです」
「大丈夫、すぐレイシフトできるって」
「それは喜ばしい。お食事お持ちします」
「や、さすがにそんなことまでさせられないって」
流れるようにトレーを受け取ろうとしたガウェインについ渡しそうになったが、さすがにそこまでさせるわけにはいかない。
「では水をご用意してまいります。異世界の我が王の分もお持ちします」
「すまないね」
アーサーは断ることもできただろうが、好意を受け取るのも上に立つ者の責務だからだろう、自然に応じた。
アーサーが応じることで、唯斗が判断を示す必要もなくなる。こういうスマートさは、さすが円卓だ。
ガウェインは給水機に向かい、唯斗とアーサーは立香たちのテーブルについた。唯斗は立香の隣に、アーサーはランスロットの隣に座るようにして向かい合っている。
「良かった、元気になったんだね」
「あぁ、迷惑かけて悪い」
「全然迷惑じゃないからもっと頼ってね」
「その通りです!私も先輩も、唯斗さんに頼られたらとても嬉しく思います!」
左隣の席に座る立香、そしてその隣にいるマシュは揃って意気込んでそう言ってくれた。
ふと、あのシミュレーターで二人を殺そうとしてしまったことを思い出し、二人には知る由もないこととはいえ、申し訳なさが沸き上がる。
そのことをわざわざ謝るわけにもいかず、唯斗は気持ちを持て余してしまい、勢いに任せて立香の肩にぽす、と額をつけて頭を預けた。
「っ、唯斗…?」
「…薄いな」
「は!?」
場所が場所なだけに、心配させるわけにもいかず、唯斗は代わりにそう口にした。
もちろん、ガウェインたちサーヴァントに比べれば当然のことだが、筋トレを欠かさない立香は唯斗より遥かに体格がいい。
「唯斗のが薄いじゃん!ルーズリーフじゃん!」
「あ?そこまで言ってねぇだろ」
「柄わる…そんなに言うなら正面の彼氏の肩借りてくださ〜い」
「な…ッ!」
思わぬカウンターを食らい、唯斗はバッと顔を上げて立香を見る。ニヤニヤとした立香は、唯斗と、唯斗の対面に座るアーサーを見比べる。
「あれ、違った?収まるところに収まったかと思ったんだけど」
「私もそう思っておりましたが…」
黙って見守っていたランスロットも微笑ましそうに見てくるため、唯斗はどう返そうか分からなくなる。
恋人になったつもりはないが、それをあからさまに否定するのもどうなのか、と思って二の句が継げなくなったが、そこに水を持ってきたガウェインが助け船を出した。
「恋人だけが収まるべきところというわけでもありますまい」
「ありがとう、ガウェイン卿。そして卿の言う通りだよ、藤丸君。恋人、という形に拘るつもりはないけれど、とりあえず今はそういう関係ではない。でも、互いに互いが必要不可欠な存在だと自覚し合ったところだ」
ガウェインから水の入ったコップを受け取ったアーサーは、正確かつ端的に答えた。曖昧な関係に馴染みがない日本人には特に理解しづらいかもしれないが、立香は分からなさそうにしながらも、「まぁ良かった良かった」と鷹揚に頷いた。
「ということはつまり、マスターの恋人の座はまだ空いているということ。だからと言って手を出してはなりませんからね、ランスロット卿」
「ちょっと待て、なぜ私に釘を刺す」
「二度目だが、次はないよランスロット卿」
「な、なぜ……」
アーサーもからかうように言うと、ランスロットは胃が痛そうに震える。それを見て全員で軽く笑いながら、唯斗はちらりと向かいを見上げる。
すぐに目が合って、アーサーがにこりと微笑む。砂糖を溶かしたようなそれに、唯斗はようやく気付いた。
恋人ではない、というのは、あくまで唯斗の了承がないから言っているだけで、アーサーはいつでもその準備ができているのだろう。
第六特異点でのことや先日の一連の騒動において、唯斗の中でアーサーが極めて大きな存在である自覚から逃げず、いつか来る離別を知りながら特別視することを受け入れようと決めた。
アーサーも同じ覚悟を決めていて、マスターとサーヴァントとして、有限の関係だと分かっていながらも、二人は最も近い距離に立つことを決めたのだ。
それに名前をつけることは難しく、恋人、というものも一つの側面にしか過ぎないのだろうが、しかし特別なものであるのも確かだった。
それから逃げることもしないようにしようとは思うのだが、いかんせん、正面から向き合うには、些か刺激が強すぎるような気もする。
少なくとも、唯斗の向かいで微笑むアーサーに心臓が大きく脈打つ感覚は、一生慣れることはないだろう。