絶対魔獣戦線バビロニアI−1


本来の時空であれば2016年の12月7日、カルデア内の時空が2017年に到達するまで残り3ヶ月あまりと推定されたころに、第七特異点へのレイシフトが行われることになった。
場所は紀元前2655年のウルク、現代のイラク共和国サマーワ近郊にあたる古代都市だ。

紀元前へのレイシフトはそれ自体が極めて難しいものだが、長い準備期間の上についに用意が整った。
紀元前27世紀の世界は神代の終わり、神と決別した人の時代の始まりだ。この頃の世界には、地球そのものが生成した大気中の魔力であるマナが溢れており、しかもそれは西暦以降のものである第五仮説要素(エーテル)とは異なる、第五真説要素(真エーテル)と呼ばれる特殊なものである。
この第五真説要素に対応するべく、立香と唯斗にはマフラーが支給された。

マフラーは礼装の付属品だが、これによって体が第五真説要素にも対応できるようになる。
立香には黄色いものが、唯斗には青いものが渡された。

そして今回はダ・ヴィンチが困難な存在証明に注力するため、今まで通り、アーサーが同行することになっている。
アーサーはどんな理由があれ今回は絶対に同行するつもりだったようで、ダ・ヴィンチが言うまでもなく同行する予定でいた。

シバの観測が安定しない時代であるため、現地の様子は行くまで分からない。不安もあったが、ブリーフィングにて、ロマニは一通り話したあとに微笑んだ。


「とはいえ、現代の誰も知らない古代の世界を見ることができるというのは、得がたい経験だ。帰ってきたら話を聞かせてくれ。では、レイシフトプログラムを起動しよう」


ロマニの言うとおり、世界史最初にして最大の謎と呼ばれる、シュメール文明をこの目で見に行くことができるのだ。
厳しい旅となるだろうが、正直楽しみな部分も少なからずある。

それに、今回はアーサーがいる。
コフィンに向かいながら、隣を歩くアーサーをそっと見上げると、すぐに視線に気づいたアーサーがこちらを見下ろした。


「頑張ろうね、マスター」

「あぁ、よろしくな」


アーサーがいてくれるのなら、これほど心強いこともない。

コフィンに入って、蓋が閉じられ、レイシフトが始まる。楽しみな部分はあるが、やはりついてすぐに交戦ということもあり得るため、プログラム起動とともに唯斗は呼吸を整える。
レイシフト成功後すぐに周囲の状況を見られるよう、唯斗は意識を集中した。


『アンサモンプログラムスタート。レイシフト実証、開始します』


聞き慣れたアナウンスとともに、五感が消え、重力を感じなくなる。そして、意識が引っ張られる感覚とともに、光に包まれ、その後一気にそれらが戻ってきた。

足がしっかりとした地面に着いた感覚がして、唯斗は重力が体にのしかかる気持ち悪さに耐えながら、急に耳や鼻に飛び込んできた無数の情報に驚いて目を開けた。

眩い陽光のもと、唯斗は開けた場所に自分がいることを確認する。
うるさい音は都市の騒音であり、匂いはパンや麦酒、あるいは泥や砂の混ざったものだ。


「っ、アーサー、立香、マシュ…?」


しかし、その中に見知ったものが一つとしてなかった。なんと、唯斗一人だけがその広場のような場所にいたのだ。
周囲を見渡してすぐ、巨大な建造物に息を飲む。


「ジッグラト…!ウルクなのは間違いないか」


高さは40メートルはあるだろう。ピラミッド状の巨大な構造物は、シュメール文明に特徴的な神殿であるジッグラトである。
バビロンの繁栄は後の時代のため、この時代にこの大きさのジッグラトがあるということは、ここがウルクで間違いない。

ジッグラト周辺の開けた広場に唯斗はいて、多くの人々が賑わって行き交っている。
巨大な大通りが南北にジッグラトを経由して貫いているのだろう、通りから人々の喧噪が聞こえてくる。
干し煉瓦と泥で作られた平たく茶色い建物が無数に建ち並び、ところどころに祭司場や分神殿の大きな建物が顔を出している。
あちこちから白い煙が上っているのは鍛冶場やパン工房だろう。8万人近い人口を抱える大都市だ。


「ロマニ、聞こえるか…だめか」


通信機に呼びかけるが応答はない。ここはこの時代における世界最大の都市、存在証明は比較的容易であろうことから意味消失の心配はしていないが、立香たちとはぐれたのは問題だ。
アーサーは令呪を使えば呼び出せるものの、ここでそのような使い方をするのは慎重になるべきだろう。

なぜ立香たちとはぐれたのか、唯斗は試しに上空を見上げ、目に強化を施して確かめてみれば、極めて強固な結界が張られているのが見えた。常時展開されるタイプのものだ。
ウルクの街を覆うように、巨大な術式が四方に張り巡らされ、それがこの結界を生み出している。
恐らく、これがレイシフトした立香たちを弾いてしまったのだと考えられる。とはいえ、なぜ唯斗が市内に入れたのかは分からない。


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