絶対魔獣戦線バビロニアI−5
ギルガメッシュが意見を求めること自体珍しいことは想像に難くなかったが、人々が、シドゥリも含めて驚愕したようにギルガメッシュを見てからこちらに視線を移したため、唯斗は一瞬たじろぐ。だが、そこはもうすべて無視して、階段の上の玉座にいるギルガメッシュを見上げた。
「北壁より北側で水量を調整することは難しい上に、北壁以北の都市での灌漑利用が極端に減って水量が多くなってる状況なんだよな…じゃない、ですよね」
王の威厳ということで、唯斗は人前では敬語を喋るように言われており、慌てて直す。ギルガメッシュは怒らずに頷いた。
「貴様の予想通り、ティグリス川の水量は半年前から増えている。人の利用が減ったためだ。ユーフラテス右岸が密林に閉ざされてしまった以上、ティグリス川と支流における農業効率の向上が喫緊の課題だ」
「分岐点より北側で水量を減らすとラガシュから別の文句が来る、けど分岐点より南でやると乾季にギルスが枯渇する…水量を少し減らしつつ洪水対策を局地的に行うのが一番効率いいんじゃないですか」
ティグリス川もユーフラテス川も、沖積平野という川が運搬した堆積物によって構成された平野部を流れる。沖積平野は流路変更が頻繁に起こり、この流路変更こそが古代文明を衰退させた原因の一つだった。
ティグリス川は現在より大幅に南に流れており、本流はラガシュやウルカグという都市を通ってペルシア湾に注ぐ。支流はギルスを通ってウル北東まで来てから東に大きく蛇行してペルシア湾に流れ込む。
ティグリス川が北側に流路変更したため、これらの都市はすべて砂に埋もれてしまった。ウルやウルクもまた、ユーフラテス川が南に流れを変えたために経済的に重要性が急激に下がっていくのである。
「なるほど?詳しく話せ」
「分岐点より北側で、少しだけ川の水を内陸に引いて水量をやや減らします。同時に、ギルスより少し上流で、蛇行する部分を利用して川の近くに大きなすり鉢状の地形を造成し、洪水が起こったら自然にそこに水が溜まって池になるようにする。そうすればギルスが水に浸かることはないですし、ラガシュも水不足になりません。あぁ、北壁の向こうでティグリス川から水を引けば、泥炭化して魔獣の動きを遅くできるかもですね」
いわゆる遊水池というやつだ。あえて浸水させる土地を作っておくことで、広域水害を防ぐものである。蛇行しているところを利用すれば、過去の洪水による堆積物で形成された自然堤防を利用して造成することも可能だ。
また、北壁の北側でティグリス川から水を引いて湿地にすれば、魔獣の足も止められるかもしれない。
「なるほど、魔獣戦線の負担低減と治水対策の一石二鳥というわけか。面白い、採用だ。シドゥリ、実地調査を先行せよ。掘削作業の人員は後日手配する」
ギルガメッシュはニヤリとすると唯斗の提案を受け入れた。また人々が驚く気配がしたが、すでにギルガメッシュは次の報告を受ける態勢になっているため、慌ただしく神官たちが動き始める。
「さすが王の客人、鮮やかな采配です。人員が足りるかは分かりませんが…」
「いや、ギルスでの遊水池造成は俺がやることになると思います。魔術でどうにかできるんで。それまでに立香たちが来てくれれば…」
「同行者の方々ですね。心配でしょうが、必ず再会できます」
「…ありがとうございます」
励ましてくれるシドゥリに礼を言って、少しだけ実地調査のアドバイスをしてから、引き続き玉座での補佐を行う。
それ以降、ギルガメッシュが声をかけてくることが多くなり、やがては「これを見よ」と言って玉座まで上がらせることすら躊躇わなくなっていった。