絶対魔獣戦線バビロニアI−12
北壁での任務を終え、引継ぎの兵士たちが到着したことで、唯斗とアーサーはウルクへ戻ることになった。
二日かけてウルク市内に到着し、出発から三日目の朝にジッグラトで報告をしようと玉座へ参上したが、そこにギルガメッシュの姿はなかった。
ちょうどシドゥリが立ち尽くしており、唯斗は後ろから声をかける。
「シドゥリさん」
「あぁ、唯斗さん。よく戻られました。北壁での目覚ましい活躍、このウルクにも届いておりましたよ」
「いえ…それで、ギルガメッシュ王は…?」
「それが…」
シドゥリが言うには、なんと、ギルガメッシュはこっそりジッグラトを出て行ってしまったらしい。玉座に残されたメモ代わりの石板には、立香たちとともにペルシア湾に赴く旨が記載されていたという。
そこにちょうど、通信で立香がロマニに報告を行った。
『ドクター、というわけで、王様と一緒にペルシア湾に向かいます』
『了解。唯斗君はジッグラトに着いたようだね』
こちらに話を振られたため、唯斗はため息交じりで応答する。
「こちら唯斗、ちょうどシドゥリさんから事の顛末を聞いた。俺たちでできることはやっとくから、早く戻れってギルガメッシュに伝えておいてくれ」
『聞こえてるおるぞ不敬者め。王ならそこにもう一人いるだろう』
「…私のことかい?」
『貴様以外に誰がいる。とにかく、我は藤丸とマシュとともにペルシア湾の観測所へ向かう』
通信に割って入ったギルガメッシュは、勝手にそれだけ言うと勝手に通信を終えた。彼がそう言うなら、そうせざるを得ない。
唯斗は隣のアーサーを見上げる。アーサーは少しだけ困ったように頬をかいてから、仕方なさそうに笑った。
「まぁ、しょうがないね。僕も一応は一国を統べた身だ、いくらか手伝いくらいはできよう」
「それは頼もしい。お帰りのところすぐで申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
シドゥリに丁重にお願いまでされてしまえば断ることなどできようもない。もともと断るつもりもなく、唯斗とアーサーはギルガメッシュがいない間にできる限りの政務の調整を行った。
いくらか手伝える、なんて言い方をしてはいたが、やはり名君として知られるアーサーだ。緊急性の高いものとそうでないものとを分けて、緊急性が高くギルガメッシュの決裁がなくても差し支えないものは次々と巫女長の決裁で通していき、緊急性が低いものはその中でプライオリティをつけて分類した。
その采配と手際の良さは、さすが西欧を一時的に支配した王である。
「さすがだな」
空席の玉座を背後に石板を分類して机に並べながら、唯斗はアーサーのその手腕に素直に感心する。だがアーサーは苦笑した。
「僕の時代から3000年以上前の世界のはずなのに、国家機構も文明の成熟度も、遜色ないか、シュメール文明の方が上という部分すらある。少し自信をなくしそうだ」
「そりゃ、漢代中国、アッバース朝、シュメール文明、ギリシア・ローマ文明は人類の社会・文化形態において最も重要な成長をもたらしたんだし、中世西欧なんて辺境のド田舎の王様が自信なくすのも無理は……あ、悪い」
「……いや、いいんだ、事実だしね………」
時間の観測に不可欠な六十進法、一週間というサイクルを確立させた七曜制、パンやビールなどの発酵食品、そうした文明の礎を築いたのがシュメール文明だ。
そこから影響を受けた古代ギリシア、その進化系であるローマにおいては、地球が球体であることやその直径が4万キロであること、天体の動き、幾何学、数学などあらゆる学問が進化した。
同様に、イスラーム帝国として巨大な国家となったアッバース朝は、古典インドのゼロの概念やシュメール・ギリシア・エジプトの古代の学問を掘り返して体系化し、化学や数学をさらに発展させていった。
一方、中国では紀元前後に栄えた漢の時代に国家統治が著しく進化し、国家による需給バランスの調整や物価のコントロール、貿易・輸送の効率化や国際貿易のルール作りなど大規模な経済改革が行われた。
こうした華々しいユーラシアの成功に比べれば、中世西欧は暗黒時代と言われる記録の乏しい時代を過ごしており、世界の辺境の地としてあらゆる成長から取り残された。結局、西欧が発展するのは、アッバース朝などがもたらした高度な学問体系が14世紀ルネサンスによってギリシア文明とともに再発見され、近世の時代が始まるのを待つことになる。
それをなんの他意なく言ってしまった唯斗に対して、アーサーはがっくりとしていた。事実でしかない分フォローのしようがない。
「ま、まぁ、俺は中世初期の西欧も好きだけどな、なんかこう、不気味で」
「それでフォローしてるつもりなのかな?」
「だめか」
「だめだね」
まったくフォローにならなかった唯斗に、アーサーは耐え切れなくなったのか、小さく噴き出す。本当におかしそうにしているため、唯斗も「悪かったな」とは言いつつ、等身大でいてくれる様子が嬉しかった。