絶対魔獣戦線バビロニアI−15
「お前は…!」
立香はその少年を睨み付けたが、少年は微笑んだ。
「ようこそニップルへ。待っていたよ、忌々しい魔獣戦線のみなさん」
「これはどういうことかな、偽エルキドゥ君」
マーリンの言葉で、唯斗はこの少年がエルキドゥを名乗る敵性の人物だと分かった。立香たちはこの土地に降りたってすぐに邂逅している。本来なら死んでいるはずのエルキドゥは、ペルシア湾でも立香たちを襲撃していた。
エルキドゥはマーリンの問いに対して、何を聞いているんだ、という顔をする。
「昨夜のうちに処理しましたよ。人間という栄養は貴重です。巣に持ち帰って子供たちにも食べさせなくてはいけないでしょう?」
「生きたまま連れ去ったって言うのか?!」
珍しく怒りを露わにする立香。第六特異点でも人々は無残な死に方をしていたが、それはあくまで一瞬の死だった。
エルキドゥが言うことを考えれば、捕まった人々は、餌にされたということになる。
「あぁ、レオニダスはそこまで話していないんですね。この魔獣戦線において、兵士の最大の死因は未帰還だと。魔獣たちは人をなるべく殺さずに、手足を折り、首を掴み、森に連れ去っている。それが何を意味しているか、語るまでもないでしょう」
魔獣たちは、あくまで人間が集まる北壁を利用していただけだった。生け捕りにして、食料を調達していたのである。
「僕らはまだ一度も『侵攻』なんて仕掛けていない。それは第二世代の魔獣たちが生まれてからの話だからね。君たちは彼らを作り出すための素材に過ぎない。でも光栄に思って欲しい。より強い生き物の糧になるんだ。君たち古い時代の人間にしては、意義のある末路じゃないか?」
「お前は…!人をなんだと思ってるんだ!」
「なんとも?さぁ、まだ時間はある。僕は君たちと戯れるとしよう」
そうエルキドゥが言うと、突然、地面が割れて丘の中から巨大な生き物が姿を現した。深紅の肌に黄色いたてがみ、15メートルはあろうかという大きさのライオンのような怪物だ。魔獣ウガル、これまでとは別格の敵である。
「サーヴァントの数を出し過ぎても逆効果だ、俺はアーサー単騎でいく」
「了解、ジャック、来てくれ」
「…来たよ、おかあさん」
「ちょっと大きい相手だけど、頼める?」
「切りやすそう。任せて」
立香はジャックを呼び出し、マシュとアナに指示を出す。マーリンは適宜サポートを行い、アーサーはアナと並んで火力要員としてウガルに斬り掛かった。
ジャックとアナがウガルの関節など急所を切りつけ、マシュが彼女たちをフォロー、マーリンが強化をかけて、アーサーはとにかく叩き切る。
唯斗は怯える兵士たちを含めて結界によってウガルの攻撃の余波を防いでいくが、ふと、エルキドゥの姿が見えないことに気づく。
敵を視界に入れられていないのはまずい、とすぐに探すが、そこで、ウガルが咆哮を上げながら倒れた。
光とともにウガルが消失すると、立香はジャックをカルデアに戻す。視界は開けたはずなのに、やはりエルキドゥがどこにも見当たらない。
焦り始めた、そのときだった。
「悪いね、僕の本命はこちらだ」
そんな声が聞こえた瞬間、突如として唯斗の右足付近から鎖が飛び出し、唯斗の右足に巻き付いた。天の鎖、エルキドゥのものだ。
「な…ッ、!」
認識した直後、その鎖が思い切り唯斗の右足を引っ張り、唯斗はバランスを崩して倒れる。だが地面に倒れる前に体が宙に浮き上がり、上空へと引っ張り上げられた。
「唯斗!」
眼下で立香が叫ぶのが聞こえるが、唯斗は右足に巻き付いた鎖だけが体重をすべて持ち上げており、鋭い痛みが走る。体が逆さまになっており、重力によって血が頭に降りてきた。逆向きの視界の中、なんと同じようにアーサーまで右腕を鎖によって拘束され、空中に持ち上げられていた。エクスカリバーは右手にあり、アーサーは焦ったようにこちらを見ていた。
「マスター!!」
「天の鎖からは何者も逃げられない。たとえ騎士王であってもね。異世界の聖剣使いとそのマスター、そして君」
どうやらエルキドゥは宝具である天の鎖によって唯斗、アーサー、そしてアナを捕らえたようだ。この天の鎖はキャスター・ギルガメッシュが使うものでもあり、これに拘束された者は例外なく逃れることはできない、神の造った兵器である。
「前に戦ったとき、もしやとは思ったけど、まさにとんでもない隠し球だ。厄介な凶獣殺しとそのマスターもろとも、ここで退場してもらわないと」
そう言うと、エルキドゥは唯斗とアーサーの鎖を動かす。右足の付け根が激しく痛み、鎖が巻き付いて肌が擦りむけ血が垂れる。
「ぅぐ…ッ!」
その痛みに呻くが、鎖に急に持ち上げられたと思うと、重力が一瞬感じられなくなり、直後、内臓が置いて行かれるような感覚とともに思い切り地面へと急降下し始めた。
鎖によって支えられた足を支点に、地面へと叩き付けられようとしているのだ。この高さと威力では、どう考えても死ぬ。視界の端でアーサーも同様に地面へと猛スピードで衝突しようとしていた。
しかし唯斗は冷静だった。こういう場面は想定済みだ。
「っ、ヴァズィ、ヴィアン!!」
左手を地面に向けてかざし、手の平と手の甲それぞれの刻印を連続して発動する。
それによって、唯斗とアーサーが叩き付けられようとしている地面の一部が消失し、同時に、そこにティグリス川から転移させた水が貯められた。空中で僅かに体を動かして着水姿勢になり、息を止める。
その数コンマ後、体は水面に叩き付けられ、水の中に飛び込んだ。一瞬だけ水の中に入ったことで音がくぐもったようになる。
水によって衝撃はほとんどが緩和されたが、すぐに再び体が引っ張られ、水の外に出される。
「げほっ、げほッ、」
「ッ、だい、じょうぶかい、マスター…!」
地面の上に引き倒された唯斗のすぐ隣に、アーサーも同様に倒れていた。