邪竜百年戦争オルレアンII−1
マリーのライダーとしての力によってなんとかラ・シャリテを脱出したあと、一同は森に入り、ついでに霊脈のあったそこに召喚サークルを設置した。これでカルデアにいるキャスターとエミヤを戦闘中だけ召喚できる。といっても、実際には影を借りるだけのようなものだが。
そして改めて、マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの二人がマスターのいないサーヴァントとしてともに行動してくれることになった。
やはり聖杯によって複数のサーヴァントが抑止力として召喚されているらしい。
それにしても、ジャンヌとマリーが対話しているのを見ると、とんでもない場面にいるものだと思ってしまう。立香はぴんと来ていないようだったが、召喚術の名家として、そして何よりもフランスに育った者として、こんな場面を目撃するとは思わなかった。
とはいえ、状況はあまり改善していない。確かに二騎のサーヴァントが味方になったとはいえ、敵の戦力が強すぎる。しかも聖杯があるのなら追加で召喚することも可能だろう。
真名が判明しているのはヴラド3世とカーミラ、そしてマリーを知っている騎士として青いハットの騎士はデオンだと推測された。デオンは男のはずだが、サーヴァントの姿は完全に男か女か分からなかった。マリーいわく些事とのことだ。
当面の間は、こちらも戦力増強のためにフランスに聖杯が召喚したであろうサーヴァントを見つけて仲間に引き入れることが目標となる。
大体の行動目標が決まっていざ休もう、となったそのとき、通信でロマニが敵襲を告げた。相手はサーヴァント一騎とのことだ。
すでに真っ暗な夜の森、たき火の明かりだけが木々を照らす合間に迫る蹄。
「ロマニ、その速さはライダーとみていいか」
『唯斗君の予想に同意するよ。この速さはライダーだろう。まだ真名が明らかになっていないサーヴァントだね』
あの場にいた五騎のうち、真名が分かっていないのは十字架の杖を持った女性だけだった。あの十字架の意匠はある程度絞れるのだが、さすがに確証がない。
やがて、木々の合間からすっと姿を現した。
「…こんにちは、皆様。寂しい夜ね」
「何者ですか、あなたは」
ジャンヌが尋ねると、ライダーは困った顔を浮かべる。
「何者…?そうね、私は何者なのかしら。聖女たらんと己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて。凶暴化した私はあなたたちの味方になることはない。期待しない方がいいわ」
「ではなぜ出てきたのです」
「…監視が役割だったけど。最後に残った理性が、あなたたちを試すべきだと囁いている。あなたたちの前に立ちはだかるのは竜の魔女、究極の竜種に騎乗する災厄の結晶。私ごときを乗り越えられなければ、彼女を打ち倒せるはずはない。私を倒しなさい。躊躇なく、この胸に刃を突き立てなさい。我が真名はマルタ。さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!」
『マルタ…聖女マルタか!?気をつけろ、みんな!彼女はかつて竜種を祈りだけで屈服させた聖女だ!その彼女がサーヴァントということは、彼女は…ドラゴンライダーだ』
パレスティナのイェルサレム郊外に暮らした、マルタ、ラザロ、マリアの兄弟でありイエスの友人だった人物だ。聖女として中東からフランス南部を訪れ、竜タラスクに悩んでいたタラスコンの街を救った。
マルタは聖水を振りかけて祈るだけでタラスクを屈服させたことで知られ、今もフランス南部やスペインで伝承が語られる。各地に残る、聖人が竜を倒したという物語、特にフランスではルーアンやメッスで有名な物語の一種である。
マルタは巨大な竜を召喚する。タラスクと呼ばれた残忍な竜は、咆哮を上げてこちらに迫った。
ちょうどサークルがあって良かった。
「エミヤ!」
唯斗が呼べば、召喚サークルが起動し唯斗の目の前に逞しい背中が現れる。同様に、立香もキャスターを呼び出した。
「…おやおや、この特異点では一緒に戦うんだなァ」
「後ろで震えていてもかまわんよ、と言いたいところだが、聖女マルタと来たか。まったく、速く召喚サークルを設置しろとあれほど言っただろう」
楽しげにするキャスターに対して、エミヤは振り返って説教を垂れてきた。唯斗はどうしようかと思ったが、タラスクのうなり声に、さすがのエミヤも視線を前に戻る。
「続きはカルデアに戻ってきたらだマスター」
「…言い訳は聞けよ」
「ならば無事に帰ることだ。まずはこの竜と聖女だな」