絶対魔獣戦線バビロニアII−4


立香たちがエリドゥに出発する前、唯斗は聞きたいことがあり、マーリンを呼び止めた。ジッグラトの唯斗に宛てがわれた寝室に招くと、マーリンはいたずらっぽく笑う。


「お誘いいただいて申し訳ないのだけど、私は今日にも出立する身でね」

「アヴァロンに強制送還されない程度に殴るぞ、アーサーが」


唯斗は呆れながら返しつつ、寝室に二人となったことを確認して扉を閉める。
すると、マーリンの杖の先が一瞬光った。


「さて、今君の端末は音声がカルデアに届かない状態だ。聞きたいこととは何かな?」


そのあたりはさすがだ。マーリンはミュートにするとそれがカルデアに分かることを理解しているため、こちらの機能ではなく魔術によって音声情報を届かなくしている。


「…アナのことだ。アナは、ゴルゴーンの幼体だと聞いた。自分の未来の姿だと知って戦ってるんだよな」

「あぁ、その通りだとも。彼女はそのためにこの特異点に現れた。それを私が保護して、その神性を封印しているというわけさ」

「アナは、自分に課せられた役目を理解してるんだな」

「逆に言えば、それしかないんだよ、彼女には。生まれてからペルセウスに殺されるまでのすべての記憶を持っている彼女は、ゴルゴーンを倒すためだけにサーヴァントをやっていて、他のサーヴァントとしての必要な情報すら持っていなかった」


アナは極めて特殊な事例だ。
ゴルゴーンという複合神性、しかもティアマトの権能である百獣母体(ポトニア・テローン)を有している状態であるあの霊基は、アナと完全に異なる存在として世界に認識されており、だからこそ重複して召喚されている状態を維持している。それは誰にとっても想定外だろう。


「私は彼女と出会い、彼女がゴルゴーンに対する切り札になると考えた。だから行動を共にした」

「マーリンは北の女神の正体がゴルゴーンだって知ってたのか」

「正確には、あの女神と同じ器だと知っていたということさ。ゴルゴーンがゴルゴーンであるかどうかまでは、確証がなかった。なにせ、魔獣を生み出す権能を持った神性はいくつか候補があるからね」


それこそギリシア神話では、メドゥーサの孫にあたるエキドナなどがそれだ。マーリンのことだ、どこまでが本当だか分からないが、筋は通っている。
それならば、アナは本当に、自身の未来の姿であるゴルゴーンを倒すことしか目的がない存在としてここにいるということだ。


「……怪物に成り果てた自分の姿を直視して、自分を殺した武器で自分を殺すのか…そんな、過酷過ぎる」

「…それを理解して利用しているんだ、外道なのは私だよ」

「そうか?いや、そうなのかもしれないけど、あんたはアナを見守ってるんだろ」


肩を竦めるマーリンにそう言うと、マーリンはきょとんとする。珍しく、本当に驚いたような顔だ。適当に流されるのだと思ったのだろう。


「…俺もさ、アナ相手に共感できる、なんて口が裂けても言えないけど、同じようにアーサーに見守られながら旅してきた。理由や目的がなんであれ、それに救われたんなら、その事実以外はいらないんじゃないか」

「唯斗君……ふふ、君らしいね。アーサー王が心を預けるのも頷ける」


マーリンの意図に関係なく、きっと、アナはマーリンに見守られることで、大切なものをウルクでの生活で育んだ。立香たちから話を聞く限り、それに救われたのだと思う。ならば、その事実だけで十分なのだ。
マーリンは微笑んで、するりと唯斗の頬を撫でる。


「君が先日、心を壊しかけたときはヒヤヒヤしたよ。ずっと君たちの旅を見守ってきたからね」

「アメリカで二コラ・テスラ呼んでくれたのマーリンだろ。あれは正直助かったけど、俺の夢にまで出てきたよな」


魔神柱が28体出現して危機に陥ったとき、二コラ・テスラがなぜか出てきてくれた。あのとき、彼を召喚したのはマーリンだったのだろう。
また、前に過去の夢をサーヴァントたちと共有してしまったとき、マーリンが途中でそれを止めてくれたこともあった。とはいえ、つらい部分の終盤だったため、かなり遅いタイミングではあったのだが。

マーリンは苦笑すると、頬を撫でていた手を滑らせて唯斗から離す。


「ご明察だよ。ただ、出歯亀紛いなのは勘弁しておくれ、私の唯一の楽しみなんだ。私は人間そのものが好きなわけではなく、人間の紡ぐ物語が好きなのさ。君たちカルデアは物語から物語へ移ろう者。そして立香君は、その物語に飛び込んでそれをより良い方向に変えていく人物で、唯斗君は物語の良さを別の形で再表現する人物だ」

「再表現…」

「例えばイシュタルに対して、メソポタミア文明の人々があらゆる事物に彼女を感じていたいからこそ多くの権能を与えられたと語ったし、カルナには、インドの人々がどんなときでも人に優しくあれる人間でいたいという願いを託した者だと述べた。すでに人類が歩んだ歴史を、文化を、英雄譚を、君はよく学び、そして敬った。君が語る人理は、君が見る世界は、なんだかとても素敵なものに見える。私はそんな君という登場人物も大好きなんだよ」


まるで詩を謳うように語るマーリンに、少し気恥ずかしくなった。本当にアヴァロンからカルデアの旅を見ていた人物だからこそ、こうやって語られるのは照れ臭く感じてしまう。


「ふふ、そういう意味では、アーサー王のマスターであり予備員のマスターであるという立ち位置は、案外君にとても適役だったのかもしれないね」

「…そういう見方もできるんだな。最初は、単にその立場に甘んじてただけだったのに」

「そう考えていたときと今では、君の心は見違えるほど素敵なものになった。立香君の感情は、なんというか万人受けする美味しい、けれど等身大の味だけれど、君の感情は、最近になって感じるようになったものばかりだから、純粋で瑞々しい果実のような味だ。そういう意味でも君たちの旅をすぐそばで見られるのは大変良い」


何やら感情ソムリエのようなことを言いだしたマーリンに、唯斗は照れ臭くも些細な喜びを引っ込め、呆れてしまう。


「立香の感情が美味い屋台飯で俺の感情が採れたてフルーツってことだよな。なんか腹立つ」

「フッ、そ、そこまで言っていないよ私は…屋台飯…くく、」


唯斗のたとえを聞いたマーリンはクスクスと笑い、そして最後にぽん、と軽く唯斗の頭を撫でた。


「ふふ、面白いね君は」

「…はいはい。ま、あんたにこの先の未来を見せてやるためにも頑張ってやるから、あんたもこの特異点でしっかり働けよ」

「仰せのままに」


わざとらしい恭しさで笑ってから、マーリンは通信を妨げていた魔術を解いて部屋の出口に向かう。ひらりと舞った花びらに目を止めて、それが落ちた床から視線を上げたときには、もうマーリンはいなくなっていた。掴みどころがなく飄々とした魔術師は、腹が立つことも多かったが、どうしても嫌いにはなれないような感じがした。


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