絶対魔獣戦線バビロニアII−6
『立香君!今のうちに!隙を見て太陽石を壊すんだ!』
ロマニの指示で、立香が戦闘の合間に動き出したようだ。物音が若干遠ざかっていくが、それでも激しい戦闘音が聞こえる。これは何人かサーヴァントもやられているだろう。
一方、唯斗は通信を前に逡巡する。本当に、これでいいのだろうか。
アステカ暦、ケツァル・コアトル。その因果を考えたとき、太陽石を壊すという行為を、どうしても、唯斗は受け入れることができなかったのだ。
「マスター、」
そこに、アーサーが声をかけてきた。隣に立つアーサーを見上げると、優しく微笑まれる。
「言いたいことがあるんだろう。それなら言うといい。あとは立香君が判断する」
「…そう、だな。分かった。ありがとう」
やはりアーサーは、いつでも唯斗を見守ってくれている。その言葉に背中を押されて、唯斗はミュートを解除して通信機に呼びかけた。
「立香、聞こえるか」
『唯斗?うん、どうしたの?』
息が切れているのは階段を上がっているからか。戦闘音がさらに遠くなっている。
「…悪い、これは俺の我儘だ。合理的じゃないことは百も承知だ。でも言わせて欲しい」
『…うん、聞くよ』
「……太陽石を、壊さないでくれないか」
『唯斗君!?何を言っているんだい?!神性を落とさずケツァル・コアトルと戦うなんて無茶だ!』
「分かってる!でも俺は、二度に渡って、アステカの文化を壊したくない。たとえ特異点のまがい物だったとしても、南米の文明を再び壊すことはしたくない…立香に、そんなことを、して欲しくないんだ」
ロマニが驚くのも諫めるのも無理はない。圧倒的な強さを誇るケツァル・コアトルと戦うためには、その神性を落とさなければ太刀打ちできないだろう。
しかし、他ならぬ立香に、かの文明を壊す役割をさせたくなかったのだ。
「そこにあるアステカ暦で、1の葦の年、西暦1519年、スペインのコルテスがテノチティトランに入った。ケツァル・コアトルは神話で、人身供物をやめさせたことで他の神と争いアステカを追放されたあと、1の葦の年にアステカに戻ると言われていた。ちょうどその年に、スペイン人がやってきて、肌が白いとされた神話もあって、侵略者への対応が遅れてしまったんだ」
『そうなんだ…』
葦はトナルポワリの記号の一つだ。偶然にも、神が帰ってくる年と、コルテスがやってきた年が一致してしまったのだ。これにより、コルテスはアステカ文明の隙をついて戦うことに成功して、結果的に、アステカ文明は滅亡した。
テノチティトランは破壊され、略奪の限りをつくされる。
「テノチティトランは廃墟となって今のメキシコシティになった。先住民は、当時のアメリカ大陸にはなかった天然痘が欧州から持ち込まれたことで集団感染を起こして次々に死んでいき、法律上は奴隷ではなかったといえ、実際にはほぼ奴隷化された状態で入植者にこき使われた。そうやって、アメリカにいた1100万人の先住民は、僅か1世紀あまりで200万人にまで減ったんだ」
『…あなたはとても、詳しいのデスね』
すると、通信からケツァル・コアトルの声が聞こえてきた。凪いだような声は、ウルクで出会ったときの陽気さが鳴りを潜め、様々な感情を押し殺しているようにも聞こえた。
「もちろん、これはカルデアとケツァル・コアトルの戦いであって、そういうことを気にしすぎる必要はないんだと思う。きっとケツァル・コアトルも、1対1のガチンコ勝負に、そういうことは持ってこないだろう」
『その通りデース!だから安心して壊していいのよ』
「でも、俺は、立香にそういうことをして欲しくない。ごめん、本当にただの俺の我儘だ」