絶対魔獣戦線バビロニアII−7
唯斗が暮らしたフランスを始め、欧州も米国も、そしてその影響を受けた日本など現代のすべての文明・国家が、あのメキシコでの悲劇の上に立脚している。滅びたアステカやマヤ、インカの文明は、メソポタミア文明のように後の時代に受け継がれることはなく、完全に滅ぼされ、欧州近代文明に上書きされてしまった。
それを、立香に繰り返して欲しくない、唯斗はどうしてもそう思ってしまったのだ。
『……ううん、唯斗。俺もさ、違うやり方があると思ってたんだ。戦って勝つんじゃなく、善性の神で人間が大好きなケツァル・コアトルに、人間として、俺は、俺たちの強さを示したい。俺たちの覚悟を、ぶつけたい』
『…あら、』
驚いたようなケツァル・コアトルの気配が伝わってくる。
そして立香はイシュタルを呼ぶと、太陽石の破壊をせずに何やら動き始めている。映像がないためよく分からないが、ロマニが焦ったようにしていた。
直後、『これが人間の覚悟だ!!』という立香の言葉とともに、通信機は猛烈な空気を切る音を拾った。これは、間違いなく、落ちている。
まさか、イシュタルのマアンナで上空に移動して飛び降りたのだろうか。いや、間違いなく飛び降りている。ケツァル・コアトルに受け止めさせる気だ。
「な…ッ、立香!?」
数秒後、落下音は聞こえなくなり、沈黙となる。
次いでロマニが安堵したように『バイタル正常、ケツァル・コアトルがキャッチした』と報告してくれた。立香の応答がないのは、一瞬意識を飛ばしているからか。
すぐに立香も目を覚まし、声が聞こえてくる。マシュが安心したように息をついたのも分かった。
受け止めなければどうするつもりだったのか、というケツァル・コアトルの質問に対して、立香は『だって人間、大好きなんでしょ』と答え、ついにケツァル・コアトルは『私の負けデース!』と降参した。
善性の神たるケツァル・コアトルは、立香の覚悟と意思を見て、自らが折れることを選んだらしい。唯斗もほっと息をついて思わず力が抜ける。
アーサーがすぐに支えてくれたが、まさか立香がここまでするとは思わず、若干自分の言葉を後悔する。だが立香のことだ、きっと、唯斗がこう言わなくても同じことをしたはずだ。立香は、ケツァル・コアトルの善性を信じていた。
『唯斗さん、といったかしら』
すると、ケツァル・コアトルはこちらに話しかけてきた。慌てて通信機に向かう。
「な、なんだ」
『ありがとう、あなたはとても、誠実で優しい人なのでしょう。お姉さん、とっても嬉しかったデース!』
きっと、そんな軽い言葉以上のものがあるのだろう。それでもケツァル・コアトルは、それだけに留めた。それならば、唯斗も応じるべきだ。
「こちらこそ、立香の無茶に付き合ってくれてありがとう。ウルクで会おう」
『楽しみにしていマース!』
唯斗はそこでこちらの通信をミュートにする。あとは立香とカルデアが話し始めた。マルドゥークの斧も無事に回収できたようだ。神霊サーヴァントが2騎仲間になってマルドゥークの斧も回収できたのだ、成果は上々だが、さすがにロマニは立香に小言を漏らす。
しかし、大気中のマナ濃度がただでさえ濃い神代、さらに密林によって別の神話大系空間と化したユーフラテス右岸であることもあって、通信は途中で切れてしまった。
今頃、慣れないことはするものではない、とロマニもため息をついていることだろう。
「良かったね、マスター」
隣で聞いていたアーサーはそう言って笑い、唯斗は支えられていたアーサーから体を離す。
「…うん、良かった。ありがとな、アーサー」
「僕は何も。君と藤丸君の強さだよ」
今の唯斗は、その言葉もまっすぐ受け止められる。もう一度「ありがとう」とだけ返してから、ジッグラトに差し込む眩しい夕日に目を細めた。