絶対魔獣戦線バビロニアII−12
翌日、立香たちはエリドゥからウルクへ続く街道を途中で折れて、東のクタへと進路を変えた。イシュタルの話ではクタに冥界の入り口があるらしい。
イシュタルも三女神同盟を巡る誤解からギルガメッシュの死、エレシュキガルの存在まで驚きづくめだったようだが、今は立香、マシュを連れて冥界下りを決行しようとしている。
一方、生者しか戦闘できないという制約から、サーヴァントは同行しても無駄だということで、マーリン、アナ、ケツァル・コアトルはウルクに戻ってきた。
ただ、ジッグラトで合流したのはマーリンだけだった。
「おかえり。あれ、アナとケツァル・コアトルは?」
アーサーとシドゥリが神官の報告を裁いていくのをフォローしていると、マーリンが戻ってくる。階段を上がってきたマーリンに気付いて声をかけると、にっこりとする。
「ケツァル・コアトルはかつて敵対していたからということで、騒がせないように大使館にいるよ。アナは会いたい人がいると言って走って行った」
「会いたい人…?」
そう言うと、マーリンはちょいちょいと手招きする。なぜか少し腹が立ったが、とりあえず応じてマーリンのそばまで行くと、マーリンは声を潜めた。
「あまり大きい声で言うと怒られてしまうからね」
秘密の話、というほどでもないようで、場所は変えず、玉座の間の隅に二人で寄って内緒話をするような体勢になる。
「アナは、ウルクの南市場で花屋をやっているお婆さんと懇意にしていてね。目が見えないお婆さんに代わって花屋の手伝いをしていたんだ。エレシュキガルの眷属らしきゴーストがウルクの地下に現れるようになってから気にしている様子だったが、ついに例の衰弱死でお婆さんも亡くなってしまったようでね。それで、埋葬を待ってもらおうと先ほど急いでいたわけさ」
「なるほど、そうだったのか…素敵な人なんだな」
「ふふ、きっとそうだね」
珍しく、邪気も他意もない笑顔で返したマーリンは、やはりアナを見守っている。それは、アナがゴルゴーンと異なる神性であることの最大の定義こそが、怪物になる前の良心を持っていることであり、ゴルゴーンと戦うために維持して育むべきものだと合理的に判断してのことだろう。
それはそれでいいのだ。アナにとっては、大事な時間をウルクで過ごすことができたきっかけであるマーリンに、内心ではそれなりに感謝しているに違いない。それを上回る恨みつらみもありそうだが。
「……唯斗君」
「うん?」
「君は、アナや立香君たちが大事にして慈しんでいるウルクの人々を、守ってくれるかい?」
「…?そのためにここにいる。改めてなんだ?」
「……そうか。いや、大したことではないんだ。ありがとう」
マーリンは煮え切らない返事に留めた。唯斗はそれ以上聞くのは諦めて、ため息をついてその場を離れる。そろそろアーサーたちの手伝いに戻らなければ。
そうしてしばらく政務補佐を続けていると、昼過ぎになって、立香たちの通信が途絶えた。冥界に入って、通信が届かなくなったのだ。カルデアは立香の存在証明の維持とバイタル確認に集中するため、引き続き、唯斗は通信をミュートにしている。
政務の方はまだ終わりが見えなかったが、そこに、再びマーリンがやってきた。
「唯斗君、ちょっといいかい。大事な話があるんだ」
「……分かった。アーサー、ちょっと抜ける」
「何かされたら令呪を使うんだ、いいね」
「心外だなぁ、異世界の我が王よ」
アーサーはマーリンを一睨みしてから仕事に戻った。唯斗は呆れつつ、マーリンについていく。
どこに向かうのかと思えば、マーリンは唯斗の寝室に入った。扉を閉めて中に入ると、マーリンはこちらに向き直る。
杖の先が光り、何か魔術が行使されたようだが、特に何か変わった気配はない。
「何して…音声の遮断、物理的なやつか…?」
「その通り。さすがだね。今この部屋の音はまったく外に聞こえない。あぁ、心配せずとも、誓って何もしないさ」
マーリンは相変わらず飄々としているが、しかしその声音は確かに真面目なものだ。本当に大事な話とやらをされるらしい。
「話って?」
「単刀直入に聞こう。君は、力が欲しいか?」
「………は?」