絶対魔獣戦線バビロニアII−13


何やら演技めいたトーンでそんなことを言って、両手を広げて見せるマーリン。何を言っているのかとジト目を向けてしまうと、マーリンは「一度言ってみたかったんだよね〜、これ」とほざいている。


「関節技決めるぞ。ケツァル・コアトルが」

「おっと、すまない。だが本当に、今の言葉通りではあるんだよ」


マーリンはすぐに手を下ろして謝るが、内容そのものは改めなかった。どういうことかと言葉を待つと、マーリンは続ける。


「君なら、アナの大切な人やウルクの人々を守ることができる。そう思ってね」

「それは、アナが懇意にしているお婆さんを含め、ウルクの人々に差し迫った脅威があるってことか」

「ふむ、察しが良くて助かるよ。ただ、あくまで可能性の話さ。残念ながら、ゼロではない最悪の可能性。それが実現してしまえば、ウルク市民を含め、大半の人間が死に至るだろう」


偽りも誇張もなく、淡々と告げるマーリン。その言葉は嘘ではないだろう。ギルガメッシュも同じようなことを匂わせていたため、千里眼を持っている者たちには見える未来があるということだ。

ゴルゴーンを倒せずウルクまで侵攻を許すということなのか、それとも、新たな敵が現れるということか。まさか魔術王が出てくるということではないだろう。


「なんで俺なら、なんだ。立香だってそうじゃないのか」

「彼には大局を動かす役目がある。逆に言えば、彼が拾いきれない小さな命を君が掬い取れるということだ」

「…そのための力が欲しいか、ってことか」

「そういうこと」


どうやらマーリンは、最悪の事態に陥った際に、立香が事態の趨勢を動かす役目、唯斗は立香が守り切れない人々を守る役目だと言っている。
そのための力が欲しいか、という意味らしい。今のままでは不足しているということでもあるのだろうか。もちろん、至らない点などたくさんあるが、具体的にどういうことなのだろう。


「…その力ってのは、どういうのを想定してるんだ」

「君のその魔術刻印の強化と魔術回路の増強だよ」

「な…っ、何世代もかけて魔術師の家系がやることを、その場でできるっていうのか?」

「私ならね。ただ、ものすごく痛くて苦しいと思う。それでもやるかい?」


原則として、魔術回路は世代を経るごとに増えていくものであって、生まれてから死ぬまでの間にそれを増やすことはできない。魔術刻印にしてもそうだ。

マーリンならそれができるという。ただし、マーリンが痛いと言うくらいだ、相当に苦行となるはず。
唯斗が考えるのに要した時間は一瞬だった。


「できるならやる。自分の力不足で人が死ぬのを見るのは、もう嫌だ。たとえちょっとずるい手だとしても…それでも俺は、合理的な方が大事だから。助けられる命が一つでも増えるなら、それでいい」

「よし来た。良かったよ、これならもしものときでも500人は固い」

「…?犠牲者が500人で済むってことか?」

「逆だよ。この文明において生き残るのが500人ということだ」

「は……?」


ウルクだけで8万人近くが生活するのだ。それなのに、マーリンやギルガメッシュが想定する「最悪の事態」においては、この地域の人口が500人にまで減少するという。


「生存者がいる、ということ自体が僥倖となるだろう。その数を増やすには君の力が必要だ。立香君には、この災厄の解決に全力を出してもらわないといけないからね」

「……いったい、何が起きたらそんな…隕石でも衝突するのかよ…」

「その方がマシかもだ。ともかく、君は応じた。それなら私も応じる。覚悟はいいかい?」

「今、なんだな。いや、分かった……大丈夫」


驚く暇もなく、マーリンは急かす。どうやら今しかないらしい。生来のものである魔術刻印と魔術回路の増強、それを人工的に行うなど現代の魔術理論ではありえない。

マーリンは頷くと、ベッドに促す。唯斗は毎晩寝ているベッドに横たわると、仰向けにさせられる。そして、マーリンは唯斗の左手に手をかざした。


「今から行うのはゼロから回路を生み出すものではなく、すでにあるものを複雑化するものだ。さすがの私も、ゼロから魔術回路を生み出すのは骨が折れるからね」

「…分かった」


本来、手の神経のうち中指と薬指のものは一つになっているが、ピアノをやっている者などはこの神経が二つに分離し、より細かい動きができるようになる。
それと同じで、すでに存在する回路をより複線化して数を増やすということをマーリンはこれから行うらしい。


「かなりバイタルが乱れるだろうけれど、そこは私が誤魔化すから安心してくれ。なに、意味消失するほどの改ざんはしないよ」

「…そこまで痛いってわけだな」

「あぁ。大丈夫かい?」

「やるって決めたんだ。早くしろ」

「男前だね。では、始めよう」


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