絶対魔獣戦線バビロニアII−16
そう、このゴルゴーンとの戦いを終えて聖杯を回収することができれば、特異点は修復される。そして、その聖杯が示す座標にソロモンがいるのだ。
魔術王との最終決戦が終わった後、世界が元に戻ったら、カルデアはどうなるのか。時計塔や魔術協会とのこと、国連とのことなど問題は山積みだ。
それに、マシュだって長くはない。あとどれくらい生きられるか分からないが、恐らく、マシュも近いうちに寿命を迎えてしまうかもしれない。
唯斗はアーサーとの離別が、立香にはマシュとの離別が控えている。マシュとのことは不確定要素が多いが、アーサーは退去することになる可能性が極めて高かった。
アーサーはサーヴァントだ。いくら理論上死んでいないといえど、過去の人間であることに変わりはなく、今を生きる人間である唯斗とはまったく異なる存在だ。しかしマシュは違う。マシュはもっと近しい存在で、何よりも、不甲斐ない唯斗よりもずっと、立香の心を支えていた。
そんなマシュとの離別に、立香は耐えられるのだろうか。あまりに過酷な旅を強いられて、それでもなお、その先にある未来は、そんな悲しいものだというのか。
「…俺さ、立香が食堂で一人で泣いてるとこ、見たことあるんだ」
「……え、マジ?」
「マジ」
おもむろに唯斗が切り出すと、立香は気まずそうに「マジか〜…」と呟く。唯斗がフォウから手を離せば、すぐに立香が代わりに撫でた。気を紛らわすようなそれに、フォウは「仕方ないな」とでも言いたげにしている。
「第二特異点に行く前だな、深夜に見かけて。それからだ、俺が、立香に代わって自分の命を差し出すべきだって考えるようになったのは」
「…唯斗より俺の方が帰らないといけないっていう、あれ?」
「そう。立香には帰る場所があって、このグランドオーダーが、人理焼却が、立香から多くを奪ったものなんだって、俺はそのとき初めて理解した。元から何もなかった俺には、そんなことも気づけなかった。そのときに思ったんだ。俺は立香の友達とか、そういう近しい存在になれるほどの人間じゃないから、そうやって支えられない分、何かあったときに身代わりになることが、予備員なんて立場に甘んじる俺の役目だって」
「なるほど…いや、納得いかないけど、理解はできた。なんでそんなこと思ったんだろ、って少し不思議だったからさ。でも、もう変わったんでしょ?」
真剣な表情の立香に、唯斗は頷く。視線を空に移せば、満天のメソポタミアの星空が広がっていた。
「このグランドオーダーで、世界のことを好きになれた。守りたいと思えた。俺に居場所をくれた歴史を、未来に繋げたいと思った。だから生きるよ。それで、」
唯斗は再び立香に目線を戻す。きょとんとする無害そうな顔は、実際に極めて無害な人間だが、今までも、そしてこれからも、壮絶な運命を背負っている。
アーサーもマシュもカルデアも、この先どうなるか分からない。けれど、唯斗はもう、今までの無気力で無力な人間ではないのだ。
「…たとえ俺と立香だけになっても、俺は隣にいる。俺にはお前のことなんて支えられないって思ってたし、今も、そんなことできるか自信ないけど…でも、一人にしないことくらいはできるから」
「ッ…!唯斗……ありがと、俺、ずっと、唯斗に支えられてたよ、でも……でも、本当に、ありがとう…っ!」
一瞬だけ顔を歪めて、立香は唯斗を抱き締めた。逆では、と思った唯斗だったが、唯斗を自分の胸板に押しつけるようにして抱き込む立香の腕は少し震えていて、唯斗は指摘せずに受け入れる。
距離が近くなった、立香の膝の上のフォウを、唯斗はそっと撫でてみる。キュウ、とひとつ鳴いたフォウは、なんだか慰めてくれているようで、こんなにも優しい獣がいるのだな、と唯斗は思った。