絶対魔獣戦線バビロニアIII−6


しばらく、唯斗はミュートにした状態で通信を注視しつつ、ウルク防衛の戦闘を続けていた。
第三波は結界を再び展開することができなかったため、また市内での戦闘となってしまった。それでも、今回はガウェインとディルムッド、アキレウスの奮闘によってあまり犠牲は出ていない。

第三波が撤退していったあと、通信で大きな動きがあった。
ティアマトが聖杯を手にしたのだ。

立香たちがエリドゥに到着したときには、エリドゥでは人々がラフムによって遊びのように殺されており、それに対してキングゥが怒りを示したところ、ラフムによってキングゥが串刺しにされ、聖杯を奪われてしまった。
立香たちはすぐに、聖杯を持ったことで飛行能力を得たラフムを追いかけたが、ペルシア湾に到着したところで黒化した牛若丸と遭遇し、これと交戦。なんと牛若丸は、キングゥに囚われ変質させられていたのである。

敵に回った牛若丸は増殖を繰り返し、その戦闘によってラフムを逃がしたため、聖杯はティアマトに渡ってしまった。


「…ギルガメッシュ、聖杯がティアマトに取り込まれた。いったん、このあとの行動を確認しよう」

「同感だな。よし、観測所と通信を繋ぐ」

「通信?」

「カルデアにできて我ができないことはない。遠見の魔術を再現したのだ」


唯斗はそのギルガメッシュの言葉を立香たちに伝え、ペルシア湾観測所にギルガメッシュが設置した遠隔通信術式を起動するよう指示した。

少しして、観測所に到着した立香たちが術式を起動する。ギルガメッシュに呼ばれ玉座の横に立つと、玉座の前に現れた青白い光が立香たちの姿を映した。本当に通信技術が再現されているが、なんだかどこかのハリウッドで見た気がするような仕様だ。
ギルガメッシュの技術力の高さに驚嘆するのもそこそこに、本題に入った。


「状況は理解している。キングゥの炉心として機能していた聖杯がティアマト神に渡ったそうだな」

『ウルクは保ちそうなの?』


イシュタルが尋ねると、ギルガメッシュは偽りなく答える。


「もって一時間といったところだ。第二波、第三波は唯斗と城壁で持ち堪えたが、まだ軍勢は迫っている。もう一点、ペルシア湾の海水の調査結果が出た」


続けて、ギルガメッシュは前にお忍びでペルシア湾に向かった際に回収していた海水の分析結果を共有した。
ペルシア湾の黒い泥はティアマトの権能そのものであり、触れれば人もサーヴァントもティアマトに取り込まれるそうだ。
細胞強制(アミノギアス)という権能で、細胞を書き換えてしまうとんでもないものだ。牛若丸も、この黒泥によって黒化してしまったのだろう。


「次に二点目だが、その観測所は水位も観測している。聖杯が奪われてからというもの、分刻みで水位が上昇している状況だ。三時間後にはその観測所は海に沈み、黒海は波となって大地に浸食しよう。かつてメソポタミアを滅ぼした大洪水、それ以上のものとしてな」

『そんなことになったら人類史は終わりだ!四大文明の一つ、メソポタミアが滅びれば人理定礎は復元できなくなる!』


触れた者を怪物に書き換える黒泥が、平原を飲み込んですべての都市を消滅させる。それは、その時点における人類史の終焉を意味していた。
観測所にいる立香たちも含め、全員がすぐそこに人類史の終わりが近いことを感じて、表情を険しくするほかなかった。


『ドクター!対策は!?』


呼びかけた立香にロマニは言い淀むが、ギルガメッシュが「構わぬ申せ!」と叱咤するとやけくそに答えた。


『分かった言うよ!たった今、ペルシア湾の海面に霊基反応を観測!その魔力量は間違いなく、メソポタミア神話の原初の神、ティアマト神と推測される!この海がティアマト神の権能だと言うのなら、ティアマト神を倒すしかない!』


それは道理だ。もはやこの状況、ティアマト神は敵性体として捉えて戦闘するほかないだろう。どの道、ビーストは倒さねばならない存在だ。


「だが行けるのか?藤丸立香よ。貴様たちが下してきた魔神たちとは格が違う。それでもやると言うのか?」

『やります』


すぐに立香はそう答えた。分かっていたようにギルガメッシュは頷く。


「よかろう、では我もそのように動く。援軍は送れぬが、そちらもウルクは気にしなくてよい」

「こっちは俺とギルガメッシュで守り切る。アーサー、必要ならエクスカリバーを解放してくれ」

『唯斗、気をつけて。すぐ戻るから』

『無理はしないようにね、マスター』

「分かってる」


立香とアーサーに最後にそう返してから、通信を切る。ビーストとの戦いに唯斗も参加できないことは極めて歯痒いが、一方でウルクに迫り来るラフムたちの相手は人間は厳しい。せっかく立香と唯斗、二人のマスターがいるのだから、ビーストも倒しウルクも守る、それくらいのことを成し遂げたかった。

それから20分後、立香たちがティアマトに接敵したことをロマニが通信で告げる。その通信越しにも、歌のような美しくも悲しい声が聞こえてくる。それは確かに美しいのだが、しかし同時に、あまりのおぞましさに鳥肌が立った。


「ギルガメッシュ、立香たちがティアマトとの戦闘を開始した」

「ふむ、もうか。倒せそうか」

「……分からない」


玉座で各都市の状況と対応をギルガメッシュと検討していた唯斗は、通信の内容を一度報告する。
ちなみに、先ほどの立香たちの報告を含めてシドゥリはまだ安否が分かっておらず、ギルガメッシュも何も聞かなかった。

ティアマトとの交戦に対してギルガメッシュは勝てるとは思っていなさそうで、それは唯斗も同感だった。


「ビースト最大の強さはその在り方。在り方たる権能が強さを決めるのだ」

「在り方……」

「原初の母であるというその在り方に、果たしてどの程度対応できるか…」


玉座で顎に手をやるギルガメッシュの言葉は抽象的でよく分からなかったが、通信からはイシュタルが宝具を展開していることが窺える。
イシュタルの宝具は、金星のエネルギーをそのままマアンナに装填して射出するとんでもない攻撃だ。
通信は膨大な魔力量によってジャミング状態となり、音声が途切れる。しかし、ジッグラトの玉座にまで、ペルシア湾からの雷鳴のような重々しい轟音が響いてきた。

そして、その轟音ののち、通信が復旧し、カルデアからティアマトの反応が消失したという報告が入る。

まさか本当に倒したのかと耳を疑った唯斗だったが、直後、カルデアの観測が再び異常を知らせた。


『魔力反応、再び増大!ペルシア湾の海面が上昇している…!いったい何が、』

『まさか今のは頭脳体でこっちが本体か!?』


ダ・ヴィンチとロマニの驚く声がするのと同時に、立香たちが慌てて高度を上げて交戦海域を離脱し始めたのが分かった。


「正体を見せたか」

「分かってたのか」

「そも、ティアマトにその子孫たるイシュタルの攻撃が通るとは思えん。南米の女神も神性が低下している、決定打がなかろう」


ギルガメッシュがそう言った直後、伝令が駆け込んでくる。蒼白になった顔だけで、何が起きているのかすべて察する。


「ペルシア湾の水位が急上昇、観測所が水没しました!ティグリス川、ユーフラテス川を遡上してウル、エリドゥ、ニナに接近中!ウルクを目指していた避難民の集団1万人はもう…!」

「……ウルクに引き揚げさせよう。きちんと分析して作戦立てて動くべきだ」


ついに、死の大洪水が始まった。沿岸部から浸食を開始した黒泥の海が、肥沃な三日月地帯を飲み込もうとしているのだ。
ティアマト神がその神性を全解放しているのであれば、総力戦に持ち込むしかない。一度ウルクに立香たちを提案すれば、ギルガメッシュも「呼び戻せ」と応じた。


「立香、いったんウルクに戻れ。そのまま戦闘を継続してもこっちが削られるだけだ」

『でも…!』

「立香、焦るな。まだ負けてない」

『……分かった』


あとは立香たちが翼竜でペルシア湾からウルクに戻るのを待つことになるが、恐らく1時間では立香たちは帰ってこられないだろう。
現時点でのウルク市内での死者は1000人ほどだが、このあとの1時間でそれは膨れ上がるはず。だが、一人でも多く助けるために、唯斗がここにいるのだ。


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