絶対魔獣戦線バビロニアIII−8
通りの先にいるラフムは、母親らしき女性の右足を押さえつけている。もう一匹のラフムは、その女性の娘だろう小さな少女を地面に引き倒していた。
「やめて!その子だけは!私はどうなってもいいから!!お願い!!」
「お母さん!お母さん!!」
二匹のラフムは目を見合わせると、なんと、少女の右腕と左腕をそれぞれの足で突き刺した。
「やめてええええええ!!」
「キャア、ア″ア″ッ!いだい、おが、あさんッ!!」
「ッ!!!」
怒りで思考が止まり視界が赤くなる。そんな感覚は初めてで、どこかそれを他人事のようにとらえている自分すらいた。
「ヴァズィ!!」
左手の刻印に魔力を流し込む。瞬時に召喚術式が起動して、少女と母親を押さえつけるラフムのそれぞれの足が掻き消えた。部分的に体の一部だけを転移させたのだ。一部とはいえ魔力が大量に漲っているため、これまでであればできなかった芸当だ。これもマーリンのおかげである。
バランスを崩したラフムを、アキレウスが槍によって一瞬で仕留める。
急いで母子に駆け寄った唯斗は、二人に最大級の治癒術式をかけた。
「サンソン、ディルムッド」
「ディルムッド、ここに」
「はい、マスター」
同時にディルムッドとサンソンを呼び出す。二人は血を流して倒れる親子、そして東門からここまで地面に倒れる無数の遺体を見て目を見開いた。
「サンソン、この二人を頼む。ディルムッド、アキレウス」
サンソンに二人の治癒を頼み、唯斗は立ち上がって、周囲にいるラフムたちを示す。
「すべて殺せ。絶対にだ」
あいつらは明らかに、殺すことを楽しんでいた。人を殺すことを、生存の目的でも時代の破壊という目的でもなく、ただ単に、享楽としていた。
「一匹たりとも逃すなよ。いいな」
「……承知しました」
「了解した。任せなマスター。だから、お前さんは市民を守りながら誘導するんだ。いいな」
アキレウスに言われハッとする。二人を見上げると、二人とも微笑んでいた。
ディルムッドは唯斗の頬をそっと撫でて、目元に指を滑らせる。
「大丈夫ですマスター、この畜生は我々で駆逐します。マスターは冷静に、人々を頼みます」
「…悪い、ありがとな。オーダーを変える」
唯斗は軽く深呼吸をしてから、改めて二人を見上げた。
「ウルク市民を一人でも多く助ける。市民に近づく敵性体を放逐してくれ」
「御意に」
「おう!」
同じく改めて頷いた二人は、すぐに通りに散会してラフムたちを各個撃破し始めた。
唯斗はサンソンのところに戻る。
「二人の様子はどうだ」
「マスターの応急処置の甲斐あって、命に別条はありません。少女はしばらく手を使えないでしょうが、母親はまだ歩けます」
「良かった…ジッグラトまで逃げられますか」
「…はい、この命に代えても、娘を守ります」
「……どうか、二人で生きてください」
起き上がった母親は虚を突かれたようにしてから、微笑んで唯斗の手を取る。
「あなたも、ご無事で」
その手の温かさになぜか驚いてしまった唯斗だったが、母親は娘を抱き上げてジッグラトへと走って行った。
怒りで我を忘れたことは初めてだったが、冷静になれてよかった。
すると、近くの路地から走りでてきた初老の男性が、唯斗に駆け寄ってきた。
「あなたは大使館の!」
「どうしました」
「あの路地の向こうに、目の見えない婆さんが一人取り残されているみたいなんだ、助けてやってくれないか」
「分かりました、ありがとうございます」
男性を見送ってから、唯斗は示された路地に視界強化をかけて目をやる。どうやらラフムはいないようだ。
「ついてきてくれサンソン」
「はい」
交戦するアキレウスたちが東門方面からのラフムたちを食い止めている間に、唯斗はサンソンとともに取り残されているという老婆を探すことにした。
路地に入って、開け放された家々の入り口から中を見て回る。
するとすぐに、窓辺に綺麗な花の咲いた花瓶が置かれた家が目に入った。その中に、老婆がベッドに腰掛けている。
「大丈夫ですか!」
「おや…お迎えかい」
「天国じゃなくてジッグラトへのですがね。怪我は」
「大丈夫さ…あぁ、あんた、ひょっとして、大使館の人かい」
「そうです」
家に入って老婆の体を確かめながら会話を続けると、老婆はこんな状況だが嬉しそうにした。
「そうかい。アナ、という少女も、知っているかい」
「っ…あなたは、アナと親しくしてくれた、花屋のお婆さんですか」
「ふふ、話が伝わっているなんて、ちょいと照れ臭いねぇ。けど、その通りだよ。もう一人の男の子に、花飾りを渡したのだけれど、あの子は受け取ってくれただろうか」
なんと偶然にも、この老婆はアナと懇意にしていた花屋の女性だったらしい。あの花冠をくれた人でもある。北壁では受け取らなかったようだが、立香は、あの神殿でアナに花飾りを手向けた。
「…ええ。とても似合ってました」
「そうかいそうかい。それは良かった」