絶対魔獣戦線バビロニアIII−9


本当に嬉しそうにするものだから、唯斗はつい、涙腺が緩みかける。

しかし、サンソンがその手に黒い大剣を出現させたことですぐに切り替えた。


「マスター、来ます」

「っ、くそ、お婆さん、俺の背中に乗って」

「悪いねぇ…こんな老い耄れなんて、放っておいてくれていいのに」

「それがカルデア大使館の流儀なんで」


唯斗は老婆を背負って立ち上がる。念話でディルムッドとアキレウスをすぐに呼び出して、サンソンの背中に隠れる。


「人間、殺ス、楽シイ」


そして入り口に現れたラフムは、そんなことを言いだした。やはり知性が高くなっている。サンソンはその言葉に怒りを滲ませた。


「ケダモノめ…マスター、時間を稼ぎます。すぐにディルムッドたちが来ますので、あとは託します」

「っ、そうか…」


ラフムの力の強さを、サンソンはよく理解している。自分では仕留めきることが難しいことから、時間稼ぎに打って出るようだ。
他の個体も集まりつつあったため、唯斗はサンソンの背中に右手を当てる。


「令呪を以て命じる。俺たちが逃げるまで、頼んだ」

「お任せを。人ではないこいつらなら、存分に宝具を振るえましょう」


右手の甲が輝いて、令呪が一画消費される。そうして、サンソンが剣を振りかぶって入り口を塞ぐラフムを吹き飛ばしたところで、急いで唯斗はその横を走り抜けた。泥の壁が崩れる大きな音に、背中で老婆が悲鳴を上げるが、唯斗は全速力で家を出て路地を走る。

走り出してすぐ、正面に見えている広めの通りで人々がラフムに囲まれているのが見えた。最悪だ。
しかし、背後から声がかけられる。


「マスター!」


近くの建物の屋根に降り立ったのはアキレウスだ。唯斗は背中の老婆を飛び降りたアキレウスに託す。


「ジッグラトに頼む」

「マスターは」

「あの通りにいる人たちをディルムッドと守る。なるべく早く戻ってきてくれ」

「分かった」


アキレウスは戦車に老婆を乗せて支えながら飛び立った。直後、ディルムッドも追いついて唯斗とともに正面の通りへと駆け出す。


「サンソン殿は!」

「…今パスが切れた。時間を稼いでくれた」

「……そうですか」


サンソンは退去した。しかし、唯斗たちが逃げおおせる時間を見事に稼いでくれたのだ。
あの老婆のことはもう大丈夫だろう。あとは、前方の通りでいたぶられるように囲まれる人々を守るだけだ。


「マスター、結界で彼らとともに籠城してください。アキレウス殿が到着するまで、私がラフムを掃討します」

「な…っ、あの数は、」


通りを埋め尽くしているように見えるラフムたちを一人で倒し切るのは無理だ。それに、人々も30人近くいる。


「マスター。サーヴァントが何騎いようと同じです」

「…分かった。任せたぞ、俺のランサー」

「ええ」


あの数から30人あまりを守るには、結界による防壁が不可欠だが、ラフムたちによる結界への攻撃に耐えきる必要がある。
その結界の維持のためにも、しばらくはディルムッドが一人で、その後はアキレウスと二人で戦うしかないだろう。ディルムッドが現界を維持できるか分からないが、唯斗はそれしかないことを理解している。

通りに出た唯斗は、すぐにディルムッドが近くのラフムを吹き飛ばしたのを確認して、人々のところに躍り出る。

そして、先ほどウルクを覆ったのと同じ結界を、今度は自分を含む30人あまりを囲むようにして展開した。ここからは籠城戦だ。
白と黒の結界に閉じ込められた人々は、すぐに唯斗に気付く。


「あなたは…!大使館の魔術師!」

「これ、さっきの大きな結界と同じね!」


安心したようにする人々だったが、結界にすぐにラフムたちの攻撃が始まり、唯斗はその維持に集中するため言葉を返せなかった。
左手を結界にかざし、その左手を右手で掴んで支え、呼吸をなるべく整えるよう意識しながらラフムの攻撃による衝撃を受け止める。

外ではディルムッドが単身で戦っている。ガウェインを呼べればよかったが、サンソンに令呪を使ったばかりのため、さすがに追加でもう1騎すぐに呼び出すことは難しい。

それから5分、永遠にも思える時間に、結界内部の人々も不安そうにし始めた頃、念話が通じた。


(マスター!到着した!そんで掃討も終えたから結界解いていいぞ!)


声の主はアキレウスで、ジッグラトに老婆を送り届けてからすぐに戻ってくれたらしい。
やはりさすがの速さで、着地とともに残りのラフムの掃討も終えてくれたようだ。

結界を解くと、戦闘が終わったことで辺りは静けさを取り戻しており、倒れたラフムたちが崩れて消えていくところだった。
その合間で、ふらりとするディルムッド。


「ディルムッド!!」


慌てて駆け寄って支えると、全身を抉られ血を流しているのが分かった。息を飲んだ唯斗に、ディルムッドは薄く笑う。


「…よくぞ…耐えられました…」

「っ、お前こそ…こんな…」


ディルムッドは戦い抜いたのだ。唯斗たちを守るため、50体以上のラフムと戦い続けた。結界の周りで、一人で大部分を倒して見せた。


「っ…、ありがとな、ディルムッド…!」

「どうか、お気をつけて……」


その言葉を最後にディルムッドも消失する。アキレウスが唯斗の肩を抱いて、魔力をかなり使ったことによってふらつく体を支えてくれた。


「あ、あの兄さんは…」


恐る恐る唯斗に声をかける男性を振り返って、唯斗は「大丈夫です」と答える。


「俺がいた場所に戻っただけです。死んだわけじゃない。今はとにかく、あなたたちウルク市民の避難が優先です。早くジッグラトへ」

「わ、分かった。ありがとう、本当に助かった」


人々は通りをジッグラトへと走り出す。
唯斗は一つ深呼吸してから、アキレウスを見上げた。


「…反省とかは生きてカルデアに戻ってから。もう少し、逃げ遅れた人がいないか探そう」

「……あんたは立派なマスターだ。背中預けて戦えることを嬉しく思うぜ」

「…ありがとな。俺も、アキレウスがいてくれてよかった」


唯斗を支えて力強く言ってくれたアキレウスに礼を言って、体を離してしっかり自分の足で立つ。
太陽は傾いているが、まだ何も終わってなどいなかった。


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