絶対魔獣戦線バビロニアIII−20


「マスター!しっかり掴まって!!」


アーサーに抱きかかえられながら、暗闇をまっすぐ落ちていく。
イシュタルによって冥界に落とされたのはいいが、一向に地面が見えない。

近くを立香とマシュも落下しており、これはアキレウスを呼び出すか、と思った直後、全員が光に一瞬だけ包まれ、ふわりと落下が収まった。
ゆっくりと空中を舞う綿毛のようなスピードになったため、アーサーの腕から離れてバランスを取る。


「これは…!」

「あ、エレシュキガル!」


戸惑っていると、立香が空洞の先にいる女神の姿に気づいた。エレシュキガルはこちらを見上げてにこりと微笑む。


「冥界へようこそ。あなたたちに冥界での浮遊権を許可します。足下に魔力を集中させて地面をイメージしなさい」


エレシュキガルの指示通りにすると、バランスもとれて安定して飛べるようになる。空を飛ぶとはまさに新鮮な感じだ。
こうして4人が地面に降り立つと、エレシュキガルが「挨拶は後、あれを見なさい」と指し示す。

広大な地下空間、唯斗たちよりも10メートルほど低い開けた場所にティアマトがおり、雷光の檻に包まれて悲鳴らしき咆哮を上げていた。


「冥界の防衛機構よ。私の許しなく入ってきた生者はああなるの」

「すげ、原初の神ですらこんな…」


思わず呟いた唯斗に、エレシュキガルは得意げにする。


「そうでしょう!ギルガメッシュには悪いけど、この私だけで決めてあげます。冥界のガルラ霊よ、立ち並ぶ腐敗の槍よ!侵入者に我らが冥界の鉄槌を!」


赤い冷気を纏ういびつな剣を構えたエレシュキガルの号令とともに、紅の光線がティアマトに突き刺さっていく。悲鳴が空洞に響く中、エレシュキガルは不敵に笑った。


「ティアマト神といえど冥界ではただの神。私とガルラ霊たちの総攻撃の前にはひとたまりも…」


その途端、ティアマトの足下から大量の黒泥が冥界に噴き出した。地面を覆い、瞬く間に10メートル眼下の広場の大半を埋めていく。


「たまり、も……」

『まずいぞ!このままだと冥界を乗っ取られる!それだけじゃない!ビーストの霊基の神代回帰、ジュラ紀まで進行!これはもう神性じゃない、紛れもない神の体だ!』

「な、な、何が起きるのだわー!?!?」


人の時代はおろか、ホモサピエンスの進化すら起こる前、原始時代の地球までティアマトの霊基は回帰していく。
静電気のような雷がバチバチと空間に満ちていき、黒泥が溢れる。


『魔力炉心、連続再起動を確認!冥界に落ちた際の損傷も復元していく…!あれが、ビーストIIの本当の姿…!!』


雷が一斉に停止し、黒泥を大波のように巻き起こしながら四足歩行で立ち上がるティアマト。
それは、翼の生えた獣の姿。回帰の獣、ビーストII。

アーサーはエクスカリバーを構えて臨戦態勢になる。


「まずいぞマスター、あれでティアマトは一番弱い姿だ。今ここで仕留めないと、人類史はここで終わる…!」

「あれで一番弱いとかそんな、」


そう言った瞬間。
突然、黒泥が大きく盛り上がり、こちらに迫った。大波となって全員を覆うように黒泥が現れる。すっと体の内側が冷えるような感覚。

しかしその黒泥は突如として大量の花びらに変わった。音もなく、ピンク色の花が咲き乱れて波が消え黒泥が花畑に変わっていく。


「は……?」

『権能が軒並み停止!もうただの泥だ!いったい…』

「いよぅし!間に合ったぁ!!命を生む海なら、その命を無害でささやかな命に使わせてしまえばいいじゃない作戦、大成功だ!」

「マーリン!?」


なんと、花畑に降り立ったのはマーリンだった。
花びらを纏わせながら杖をかざして立つマーリンは、こちらを見上げてにっこりと笑う。


「花の魔術師、その二つ名の面目躍如というわけさ!」


そう言ってマーリンは軽やかにジャンプして、10メートル上のこちらに着地する。呆れたようにするアーサーは事態を理解しているようだ。


「チャリで来たのかい?」

「あはは!チャリよりはさすがに速く走れるよ、私も。なにせ、悲しい別れとか大嫌いだ。意地でも死に別れなんかするものか。だからちょっと信条を曲げて、幽閉塔からここまで走ってきた。無論、君たちに会うためにね」

「…ちょっとドキッとした」

「ふふ、君にそう言ってもらえるなら白紙化した地球を駆け抜けた甲斐もあったというものだ」


こんなピンチに、颯爽と文字通り駆けつけるとは、さすがに格好良く見える。そう言うとマーリンはウィンクしたが、アーサーがぴくりと剣を持つ手を揺らす。危うく切ろうとしていた。それくらいイラッときたらしい。
しかしそれより先に、ティアマトの咆哮が空気を振動させる。ビリビリと震える空気に慌ててそちらを見ると、ティアマトの翼が展開されて、飛翔する態勢になる。


『まずい、ティアマトが飛ぶ気だ!』


飛び立とうとするティアマトに、マーリンは落ち着いて巨体を見上げる。


「ふむ、二柱の女神による真体の足止め、騎士王の聖剣による半壊、ウルクを餌にした冥界の落とし穴、天の鎖による拘束、冥界の刑罰、そして私の綺麗なだけの花。これまで実に多くの手を尽くしてきたが、まだ足りない」


ティアマトは猛烈な風を冥界に吹き付けながら飛び上がり、穴をウルクへと目指す。


「あれはまだ恐怖を知らない。天敵を知らない。彼という死を知らない。では彼はいったい誰に呼ばれたか?ギルガメッシュ王でもない、魔術王の聖杯でもない。他でもない、君だよ、藤丸君。彼は君に礼を返すためにその冠位を捨てると言った。そして敵は人類悪ビースト。初めから、彼がこの地に現れる条件は整っていたんだよ。君たちの戦いは、すべてに意味があったんだ」

「っ、まさか…!」


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