絶対魔獣戦線バビロニアIII−26


ふと目が覚めた。
夜の冷たく乾いた風が頬を撫でる感覚で意識が覚醒し、目を開ける。
暗い天井が目に入り、ベッドに寝ているのだと理解した。体を起こそうとすると、腕に痛みが走る。


「うっ…!」

「おや、目が覚めたかい」


声をかけてきたのはアーサーで、そっと唯斗の体を起こしてくれた。ベッドの上で上体を起こして見渡すと、そこが大使館の寝室だと気づく。ここでは一度、二度ほどしか寝泊まりしたことがなかった。
埃っぽいが、ベッドも家具もある程度無事だった。一瞬夢かと思ったが、窓の外に広がる崩れた街並みに、ウルクに戻ってきたのだと分かった。


「……戻ってこれたのか」

「あぁ。先ほど、通信で藤丸君たちもウルクの北方、廃墟となったバド=ティビラ近郊に現れたと連絡があった。すぐこちらに向かってるよ」

「…そっか、良かった。ティアマトは倒したんだな」

「もちろん。ビーストは倒され、カルデアが帰還レイシフトの準備をしている」

「…他のみんなは?」

「マーリンたちなら下にいるよ。降りるかい?」

「うん」


唯斗は頷くと、ベッドから降りてアーサーに支えられながら階下へ向かう。立香たちもあと1時間ちょっとでウルクに到着するはずだ。
窓から見える夜空は満天の星空で、低く立ちこめていた暗雲は消え去り、泥もラフムも消えていた。

階下に降りると、テーブルには明るい蝋燭の明かりが灯され、イシュタルとマーリンがいた。


「おや、お目覚めかい唯斗君」

「やっと起きたのね」

「あぁ。二人とも良かった」


マーリンの左隣に座ると、アーサーも唯斗の隣に座る。向かいにはイシュタルがいて、立香と違ってあまり一緒にいなかった自分が隣に行くのは、と思ってマーリンの隣に座ったのに不満そうにされた。


「ふーん、この私を差し置いてその男の隣に行くんだ」

「そりゃあ、私にはとても世話になったものね、君は」

「……否めないとこ突くの性格悪いぞマジで」


じとりと睨むがマーリンはどこ吹く風だ。
そうやって軽口を交えて会話をしていると、立香たちも到着した。大使館に入ってきた立香はこちらを見てほっとする。


「唯斗!良かった、マーリンもイシュタルも…!」

「待ちくたびれたわよ」


イシュタルはそう言うが、表情は極めて優しい。その横に座った立香とマシュだったが、立香は思い出したようにマーリンを見る。


「そういえば、さっきケツァル・コアトルとジャガーマンに会ったよ」

「ギクッ」


それは口で言うものなのか、と思いつつ立香の話を聞く。
どうやらウルクの北方でケツァル・コアトルとジャガーマンと合流したようで、退去する彼女たちを見送ったとのことだ。ジャガーマンがケツァル・コアトルを回収したことで、立香たちに最後の挨拶ができたようだ。
ケツァル・コアトルがすでに退去したと聞いてマーリンはあからさまにほっとしていた。


「そうだ、エレシュキガルは?」


立香がイシュタルに聞くが、イシュタルは一瞬黙り、手元の茶器に視線を落とした。


「……冥界は、大部分が崩落したわ。ビーストの臨界崩壊によってね。元の姿を取り戻すのに、ざっと半世紀は必要でしょうね。だから、冥界で休んでるわ」


イシュタルはそう言うと、窓辺に置かれた花瓶の花を見つめる。アナが懇意にしていた花屋の老婆がくれたものだ。あの老婆は北壁に逃れたとジッグラトで報告を受けている。
未来のある若者だけで世界は作れない。導く老齢な人物が必要だ。


「…冥界に花が咲いたこと、とても喜んでた。最後に、あなたたちによろしくって」


その言葉とともに優しい笑顔を浮かべたイシュタルと、茶化さずに微笑むマーリンに、立香もマシュも唯斗も、真意を知った。何も言わず、立香は「うん」とだけ返す。
マシュは堪えるようにフォウを撫でてから、イシュタルに尋ねた。


「イシュタルさんは、この後どうするんですか?」

「私はしばらく残るわ。聖杯に呼ばれたわけじゃないし。初期王朝の終わりまで残るつもり。それに!せっかくバビロンの倉の二割をもらったんだし、愛でなきゃもったいないでしょ?」


朗らかに言ったイシュタルに、立香もマシュも苦笑した。空気を変えようとしてくれたのだろうが、イシュタルらしい言い回しだ。
そのイシュタルは、向かいのマーリンを見遣る。


「あんたはどうするの?」

「まぁ、幽閉塔に戻って、立香君たちの旅を見届けるだけさ。本来、こういうことはしないしね」

「マーリンはなんで俺たちを助けてくれたの?」


マーリンはアヴァロンから走ってきた人物のため、また自力で戻ることになる。なぜそこまでして手伝ってくれたのか、と立香が聞くと、マーリンは珍しく答えづらそうにする。


「…そりゃ、立香君のファンだからだよ。ちなみに唯斗君は推しだ」

「えっ」

「押し…?」


驚く立香と困惑する唯斗だったが、マーリンは気にせずにいる。アーサーも呆れたようにしていた。


「私は見るだけの男だ。だって、人間が好きなんじゃなくて、人間の描く模様が好きなんだから。物語は好きでも、それを描いた者には興味がない。でも、君たちはちょっと違った」


以前、マーリンは唯斗に同じ話をしてくれた。カルデアのグランドオーダーは、物語を移り渡る旅だ。その中で、立香は物語に飛び込んでそれを良い方向に持って行く人物、そして唯斗は物語を別の良さで再表現する人物だと。


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