絶対魔獣戦線バビロニアIII−28


『立香君、唯斗君。準備が整った。レイシフトを始めるよ』

「…不思議ね。そう長いこと一緒にいたわけではないけれど、ずっと話していたい気分」


ロマニの通信を聞いて、イシュタルはそう言ってくれた。なんだかんだ、立香たちがこの世界にやってきたときから付き合いのある女神だ。


「はい、名残惜しいですが…」

「気にするな。貴様らとの別れはすでに済ませてある。勝利の凱歌を上げ、我の名前を称えながらカルデアに戻るがいい」


そう言ってギルガメッシュは踵を返そうとしたが、「ああそうだ」とこちらを振り返る。


「旅人が帰るのだ、土産の一つでもあるのが良い国というものだ」


ギルガメッシュは背後にゲートを開けると、その波のような穴から黄金の杯を取り出す。同じく黄金の防具がついた右手でその杯を持つとこちらに差し出す。


「ウルクの名物、麦酒だ」

「その、ありがたいのですが、先輩も私もお酒はまだ早いので…唯斗さんはお飲みになりますか?」

「あ、じゃあ俺がもらう」


ビールは水、という国は隣国だったが、それでも酒と思って飲むことはないほどには、フランスでもビールやワインは子供時代から親しまれるものだ。
ギルガメッシュから杯を受け取って飲んでみると、麦酒の芳醇な香りとともに、なぜか体にとてつもない魔力が流れていくのが分かる。枯渇していた魔力が元に戻って体の隅々まで行き渡っていった。


「っ!?なん、だこれ……って、ッ!?!?」

「ふははは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしおって」


引っかかったな、とでも言いたげにするギルガメッシュに、アーサーはため息をついて唯斗から杯を受け取ってマシュに寄越す。


「あーッ!あんたこれー!!」

「お、王様!これは…!!」


なんと、聖杯に酒を入れて渡してきたのだ。いつの間にティアマトから回収していたのか。すっかり忘れていたカルデアもカルデアだが、まさかあの臨界崩壊から回収できているとは思わなかった。

アルコール以上に魔力でくらりと来た唯斗をアーサーが後ろから抱き留めて支える。


「あんたなぁ…!もう…ふは、」


驚いてあたふたとする立香たちだったが、もはや笑いを漏らしてしまった唯斗に、立香たちも最後は笑っていた。

ギルガメッシュはそれを見てから、王らしく声を張る。


「ではさらばだ、カルデアの!此度の戦い、まさに痛快至極の大勝利!貴様らの帰還をもって魔獣戦線は終結とする!人理焼却、必ずや阻止してみせよ!!」

「「はい!!」」


声を揃えて返した立香とマシュ。唯斗とアーサーの体も含め、輝きに包まれ始めた。レイシフトが行われようとしている。
ギルガメッシュは微笑んでから、「いや待て、一つ聞くのを忘れていた」と最後の最後にこちらをいたずらっぽく振り返った。


「ウルクはどうであったか?」


立香、マシュ、そして唯斗は顔を見合わせる。この2ヶ月近く、この世界で、このウルクで、多くの人と出会い、笑った。
世界史の始まりたるこの大地に、この足で立ったのだ。


「「楽しかったです!!」」

「また来る、取り戻した未来で」


そう答えた唯斗たちを、ギルガメッシュとイシュタルが笑って見送り、朝日の中で、全員光に包まれた。
五感がなくなり、体が引っ張られる感覚とともに、急速に重力が戻ってくる。


ふっと目が覚めれば、コフィンの扉が開いていた。

一歩外に出ると、ロマニたちが駆け寄ってきてくれる。アーサーも隣のコフィンから出てきており、マシュと立香は他のスタッフが床に横たえる。やはり、最後に聖杯から酒を飲んだために、もはや行きより帰りの方が元気な状態だった。


「ふふ、最後の最後に一番元気そうに出てくるとはねぇ」


ダ・ヴィンチもそんな唯斗を見て茶目っ気たっぷりに笑う。確かに、思えば怪我をした状態で出てきたりアーサーやサーヴァントたちに過保護な扱いを受けたりと散々な帰還だったが、今回は聖杯の魔力によってまったくの無傷になっていた。


「お疲れ様、マスター。よく頑張ったね」


隣で微笑んでくれるアーサーに、唯斗もほっとする。これで第七特異点の旅は終わったのだ。

すると、カツカツと床を踏む金属音が近づいてきた。この1ヶ月あまりですっかり聞き慣れてしまったそれにハッとして視線を向けると、キャスターのギルガメッシュがニヤリと笑って仁王立ちになっていた。


「我の名を称え勝利の凱歌を上げよと言ったはずだが?」

「っ、」


その姿に、先ほどまでジッグラトで見ていた姿と変わらないというのに、ジッグラトで玉座の横で過ごした日々や唯斗たちを庇って血を流した姿が思い返されて、唐突に、感情が洪水のように押し寄せるのが分かった。
その感情のままに、唯斗は思い切りギルガメッシュに抱きついた。

晒された逞しい上体に抱きつき背中に腕を回すと、ギルガメッシュはくつくつと笑って唯斗を抱き締める。そして、肩に顔を埋めて込み上げるものを堪えようとする唯斗の耳元にそっと囁いた。


「…大義であった、マスター・唯斗よ」

「ッ、今、それは、ずるい…!!」

「ふははははは、この我にここまで言わしめたのだ、誇るがいい!」


涙声になってしまったのを笑い飛ばすギルガメッシュは、そう言って唯斗の後頭部を撫でる。その存外優しい手つきには、様々な感情を込めてくれているような気がした。


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