終局特異点: 冠位時間神殿ソロモン−1
ついに、レイシフトの準備が整った。
立香、マシュとともに、唯斗とアーサーも管制室に入る。
すでにスタッフたちも揃っており、変わらず真っ赤に染まったカルデアスが照らしている。
いつも通り、所長席の前に立香たちとともに4人で並べば、ロマニが立ち上がって向かい合う。
「来たね。いよいよ、最終特異点へのレイシフトを行う。我々はついに、魔術王の本拠地、通常の時間軸の外にある特異点を突き止めた。カルデアはこれより、この特異点との接触を行い、この施設ごと、敵の領域に乗り上げる」
時間神殿は強力な空間であり、カルデアが衝突しても飲み込まれるだけだ。接触からカルデアの致命的な消失まで72時間。それまでなら、施設の一部を切り離して離脱することができる。
戻った先は本来の時間軸、正しい歴史だ。
そこにダ・ヴィンチがいつもの軽いノリで割り込んでくる。
「まさにノルマンディーってわけさ!」
「ダ・ヴィンチちゃん!!」
そしていつも通り、立香が「驚いた!」というリアクションをして迎える。こうして平常通りのやりとりをすることもまた、作戦の成功率を上げる重要なファクターなのだろう。
ダ・ヴィンチは引き続き、観測した特異点の概要を説明する。
どうやら時間神殿は一つの生命体、極小宇宙空間となっており、末端から中心に向けて魔力が供給される構造になっている。
そのため、第一のミッションは、このエネルギー供給の停止、すなわち外周部の破壊だ。
「複数の敵拠点を破壊・停止すれば、あとは魔術王を倒して、カルデアまで戻ってきてくれたまえ。ただし、帰りは徒歩でだ。レイシフトによる移動は接合面、敵領域の入り口でしか行えないんだな、これが。面倒臭いったらないよ、なぜなら魔術王を倒せば特異点は崩壊する」
「っ、崩れる特異点の中を走る…?」
立香が息を飲む。かつてない帰還方法だったからだ。恐らく満身創痍となるであろう魔術王との決戦、そのあとには崩壊する空間からの徒歩での離脱というのは極めて厳しい。
「そういうこと。戻ってきたら、君たちをレイシフトでコフィンに帰還させ、カルデアは通常空間に転移する。それでこの戦いはおしまいだ。人類の、そしてカルデアの大勝利というオチでね。そうだろ、ロマニ?」
「もちろん。僕らはそのために、ここまでやってきたんだ。敵特異点に侵入し、七つの拠点を破壊。中心部の玉座に侵攻し、ソロモンを倒す。その後、崩壊が予想される玉座から離脱して接触面からカルデアに帰還する。何か質問は?」
そこで唯斗が口を開いた。時間神殿が一つの生命のようになっている、という点についてだ。
「さっき一つの生命と言ったな。つまり、この特異点そのものがソロモンの体のようなものってことか?」
「ほとんどそういうことだ。厳密に言うと、魔術回路そのものなんだ。冬木の大聖杯も、実はひとりの魔術師の魔術回路を取り出しシステムの基盤にしたものだった。この特異点も同様に、ある魔術師の魔術回路を基盤にして作られた小宇宙。いわば、固有結界だ」
「そんなレベルの人間、生まれながらに根源に至ってるようなもんだろ…まぁ、生きてるなら殺せるって意味では捉えようだな」
「またマスターがバーサーカーしてる…」
たった一人の魔術回路で宇宙を構築するなど、世界の理すらねじ曲げるようなとんでもない事象だ。ただ、生命なら殺せると考えればむしろ楽なのでは、と言うとアーサーが呆れたようにした。
隣で立香が「確かに」と頷いている。
それを見て、ロマニが苦笑した。
「…情けない。この期に及んで覚悟ができていないのは僕だけのようだ。でも、それもここまで。君たちを見て励まされたよ。カルデア所長代理として、君たちにコフィンへの搭乗を命じる」
「了解!」
「はい、お任せください、ドクター・ロマン!先輩と唯斗さんと一緒に、必ずカルデアに帰還します!」
すぐに立香とマシュが返す。思えば、最初にこうしてグランドオーダーを始めることをロマニに告げられたとき、隣にアーサーはおらず、唯斗の考え方も異なっていた。すべてがどうでも良かった無気力なあのときとは、もう違うのだ。
「…ロマニ、俺がグランドオーダーの最初、特異点Fから帰還したあとに言った言葉、訂正する」
「…?」
「俺は、世界の歴史を、人理を後に続けるために戦う。死ぬつもりはないし、立香もマシュもアーサーも、誰一人欠けることなく帰還する」
「っ、唯斗君…!」
あのとき、唯斗はどうでもいいと言った。世界がどうなろうと、自分がどうなろうとどうでも良かった。
それを訂正してから、最後の特異点へと向かうのだ。
ロマニはぐっと唇を噛みしめてから、ふっと笑う。
「…君からその言葉が聞けただけで、僕は幸せだよ。では、最後のオーダーを始めよう」
唯斗たちは所長席を離れて、管制室からカルデアスの鎮座する空間へと向かう。
スライドした扉からカルデアスを見上げ、通路を進んでコフィンに入る。
その直前に、アーサーがロマニの肩を一度だけ叩いた。
「後は任せてくれ」
「……あぁ、頼んだよ」
ロマニにそう言ったアーサー。特異点では、限界が近いマシュよりもアーサーの方が主戦力となる上に、魔術王がビーストである可能性が極めて高いこともあるため、そういう意味での言葉だろうか。
アーサーもコフィンに入れば、扉が閉まり、システムが起動する。
『アンサモンプログラムスタート。霊子変換を開始します。レイシフト開始まで、あと3、2、1…。全工程、完了。最終グランドオーダー、実行を開始します』
重力がなくなり、五感もなくなり、体がどこか引っ張られるような感覚だけが残る。光に包まれて、そして急速に、それらすべてが戻ってきて体が重くなった。
直後、五感がまだ回復していないはずなのに、頭の中に強烈な光景が飛び込んできた。