邪竜百年戦争オルレアンII−7
フランス軍とは合流せずに、一同は近くの廃棄された砦で休憩とすることにした。エミヤとキャスターもいったんカルデアに戻る。
リヨンから走り続けてきたため、さすがに疲労が蓄積していた。立香と自分の強化を解き、唯斗は代わりに床に下ろされたジークフリートの隣に座る。
「…やっぱり、この呪詛は俺どころか、人間でどうにかできるもんじゃない」
「回復していないのでまさかとは思いましたが…」
マリーも心配そうに見下ろす。ジークフリートにかけられた呪詛は極めて強力なものだった。立香も唯斗の肩越しに覗き込んだ。
「唯斗でも無理そう?」
「俺は召喚術以外は大したモンじゃないって言ってるだろ。それにこの呪詛はキリスト教系だ。同じくキリスト教系の洗礼詠唱じゃないと解けない。しかも、聖人レベルのサーヴァントが必要だ。単騎じゃなく、二騎は欲しいな」
ジャンヌも反対側からジークフリートの呪詛を検分し、頷いた。
「私も同じ考えです。一応、私ともう一人で足りるでしょう」
「聖杯が抑止力を機能させているんなら、ジャンヌ・オルタの強さやファヴニールみたいな化け物もいることを考えれば、聖人クラスがいるはずだ。マルタはジャンヌ・オルタが召喚したサーヴァントだから、別にいると思う」
「…まとまっている方が安全なのでしょうけど、手分けした方が良いんじゃなくて?」
マリーの言う通り、いくら北部一帯がイングランド領になっているとはいえ国土は広範だ。時間がたくさんあるというわけでもないのだ。
「…俺もそう思う。こんな呪詛、生きているのが不思議なくらいだ。ジークフリート、よく耐えてるな、こんな…」
思わずジークフリートの大きな手の平を握ってしまう。複数に重ねられた呪詛はあまりにひどいもので、これで生きているのはそれだけですごい。神代の英霊でなければ霊基が軋むレベルだ。
ジークフリートは苦笑して、その手を握りしめた。大きな手にすっぽりと包まれてしまう。
「唯斗、君のおかげで、これでもだいぶ楽になったんだ。迷惑かけてすまない」
「…俺が、ゲルマン神話の英雄相手にできることなんて気休めにもならない。俺こそ、至らなくてすまない。でも悪い。耐えてくれ。あまつさえ、そのあと戦って欲しい。あの竜を倒すには、あんたしかいないんだ」
「気にするな。君も、立香も。ともに戦いたいと、そう思えるマスターだ」
ああそうか、と唯斗は気づく。英霊たちは、人類に託して生きてきた。後に続く人々のために、生きたのだ。
そして唯斗たちは、託されて今に至るのだ。だから、英霊たちは守ろうとしてくれるのである。
その後、手分けしてフランス国内を探すべく、マリー発案のもとアマデウスによるくじ引きが行われた。
結果、唯斗とマリー、ジャンヌというチームと、立香、マシュ、アマデウス、ジークフリートというチームになった。なかなか妥当なメンバー構成だと思う。
早速、砦を出て青空の下、いったんの別れとなる。
「アマデウス、仲良くするのよ。あなた、お友達に誤解されるタイプだから」
「君に言われたくないよ。それよりマリア」
「うん?」
「…いや、なんでもない。道中気をつけるように」
「なあんだ!私、てっきりまたプロポーズされるのかと思ってドキドキしていたわ!」
「待て、なぜ今その話をするんだ君は!」
有名な、サンスーシ宮殿での演奏会で転んだアマデウスをマリーが手を貸し、その際に一目惚れしたアマデウスがプロポーズした話だ。
「嬉しくて方々に広めたもの」と言うマリーに、アマデウスは憤慨する。後世にまで語り継がれるとは思わなかったらしい。
「仕方ないわ。だってわたし、婚姻相手は自分では決められなかったのだし。それに…」
「それに?」
「…その後の私の人生を知っているでしょう?私はあれで良かったの。断って良かったの。だからあなたは音楽家として多くの人に愛されることになった。だから私は愚かな王妃として命を終えた。私はきっと、フランスという国に恋していたのね。人々を愛さず、国そのものしか愛さなかった。だから、最期はあんな風に、国民たちの手で終わったのよ」
マリー・アントワネットはもともと、マリア・テレジアの末娘としてオーストリアのハプスブルク家に生まれた少女である。数百年に渡って対立していた神聖ローマ帝国のハプスブルク家とフランス王国のブルボン家だったが、マリア・テレジアは初の女帝として即位すると、北方のプロイセンとの間の戦争に勝利するべく、長年の対立関係を超えてフランスと同盟を結んだ。外交革命と呼ばれたこの出来事の象徴として、マリーはフランス王家に嫁いだのだ。
そして、フランス革命によってその人生を終える。
「……なんだそれ。馬鹿じゃないのか、君は」
「馬鹿なの?わたし」
「ああ。とんでもない勘違いだ。君が国に恋をしていたんじゃない。フランスという国が、君に恋をしていたんだ」
「……うん。ありがとう、モーツァルト」