邪竜百年戦争オルレアンII−8


砦を離れ、唯斗とマリー、ジャンヌは西へと歩き始めた。どこまでも広がる平原と青空、このまま西に進めば、徐々にスペイン国境のピレネー山脈に連なる丘陵地帯になっていく。
それにしても、先ほども思ったが、まさかフランスを代表する二人の偉人と行動を共にすることになるとは。


「ジャンヌ、ジャンヌ、怖い顔をしていますわよ?」


そこに、マリーがジャンヌにそう声をかけた。ジャンヌは驚いた表情を浮かべる。


「え、怖いですか!?」

「うふふ、怖いっていうか…難しい?」

「そう、ですね…少し、考え事をしていたもので」


話を聞くところによると、ジャンヌはジャンヌ・オルタについて考えていたらしい。
ドンレミ村で生まれてからというもの、神の啓示を受けて戦ってきた彼女だが、「竜の魔女」と呼ばれるゆえんが自身に見出せないのだ。
オルタ化はその英霊に存在する反転した性質であり、本来的に内在するものだ。大なり小なり思い当たる節があるものなのかもしれない。それがなくて動揺しているようだ。


「あの私は一体、誰なのでしょう…?」

「ふふ、ジャンヌはやっぱり綺麗ね」

「な、なにを…」

「いいえ、真実よ。だってもし、私がジャンヌの立場だったら、竜の魔女という立場を受け入れているもの」


ともに国民に処刑された身だ。確かに、この二人は非常に近い立場なのかもしれない。


「私は私を処刑した民を憎んではいません。それは9割の確証を持って言える事実です。けれど残り1割…もしかするともっともっと小さなものかもしれないけど。私は、私の子供を殺した人たちを…少しだけ、憎んでいる」

「…!」

「だから、私にとっての竜の魔女が現れたら多分、『ああ、これはもう一人の私だ』と、そう納得できる気がします。けれどジャンヌはそうじゃないのでしょう?それはとてもすごいことで、とても綺麗なこと。汚れたくないからじゃない、欠落しているからでもない。ジャンヌは…人間が好きなのよね?」

「……ええ、大好きです。ああ、そうか。好きだから…恨めるはずもなかったですか」

「ええ。だからこそ、フランスはあなたに救われたのです。大丈夫、竜の魔女に会ったら言ってやりなさい」

「何を…?」

「言ってやりたいことをよ。はっきり口にするの」

「マリー…、そう、そうですね。その通りです」


二人の会話を後ろで聞いていて、唯斗は、これが人の上に立つ者か、と納得した。歴史がどう評価しようと、彼女たちは、歴史を変えたのだ。


「…マリーとジャンヌが語らっているところに立ち会うなんて、すべてのフランス人に羨ましがられるな」

「あら、そう?」


楽しげに笑うマリーと、照れるジャンヌ。歴史書通りかはなんとも言えないが、唯斗は不思議とまったく違和感がなかった。


「…俺は、フランスが嫌いだ」


ぽつりと呟いた唯斗に、マリーとジャンヌは顔を曇らせる。唯斗は広がる草原を見渡しながら言葉を続けた。


「母を亡くして、父の実家があったフランスに移ってから、ずっと世話役の叔母にはアジア人だからと虐待じみた扱いを受け続けた。平然と人を差別するこの国が嫌いでしょうがなかった。いや、フランスだけじゃない。正直、人類が滅んだだってどうでもいいんだ、俺は。滅びるならそれはそれでいいと思う。死ぬ理由がないから、他にやることもないから、だから俺はグランドオーダーをやってる」

「唯斗さん…」

「…でも、こうしてあなたたちを見ていて思った」


唯斗はマリーに視線を向ける。言葉を待つ優しい表情は、多くの苦難を知ってもなお、フランスを愛する英霊のものだった。


「マリーが残した多くの文化が、現代のフランスのアイデンティティになった。オートクチュールなんかがそうだ。そうやって、フランスがフランスである価値を、あなたは外国人ながら見出した」

「あら、そうだったの?ヴェルサイユまで職人を無理矢理集めた甲斐があったかしら」


マリー・アントワネットが特注の品を作らせるため、服飾を中心に多くの職人がヴェルサイユに集められた。それは受注生産だけで個別に商品をつくるオートクチュールという文化を生み、オートクチュール職人たちはナチス占領下ですらナチスの言うことを聞かず、パリに戻らずヴェルサイユに残り続けた。そうして、現代フランスを代表するブランドの数々が守られたのだ。
続いて唯斗はジャンヌを見遣る。


「…ジャンヌがフランスを守ったから、フランスは誇りを持ち続けた。かつて優れた英雄がいたんだっていうその自覚こそが、フランスをフランスたらしめた。そして、あなたがもたらした勝利が、フランスと人類文明の発展をもらたした」

「そう、でしょうか」

「…いずれにしてもさ。俺は、フランスが嫌いだったけど。あなたたちが俺たち後世の人間に託してくれたのがフランスなんだって思ったら…少しだけ、好きになれた。あなたたちが託してくれた国ならば、守ってやってもいいって、そう思えたんだ」


フランスには嫌な思い出しかなかった。しかし、こうしてマリーやジャンヌの思いに直接触れて、語らっているところを見て、彼女たちが人類に託したこの国は、案外悪いものじゃなかったのだと思えた。
守ろうと思えたのだ。


「……ふふ、英霊として、こんなに嬉しい言葉は、きっとこの先二度と聞けないわ。そう思いませんこと?ジャンヌ」

「…ええ。私が聖女か英雄か、自分では分かりませんが、こんなことを言っていただけるのなら、戦った自分を、自信を持って誇れます」


揃って微笑んだ二人の笑顔に、アマデウスの言葉が思い出される。
確かにフランスは、彼女たちにずっと、恋をしているのだろう。


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