終局特異点: 冠位時間神殿ソロモン−16
ロマニはそう言って微笑んだ。立香は、起きている出来事があまりに大きすぎるためか、若干思考が停止している。唯斗とて、まともに考えられるような状況ではない。
ロマニが最初から人間ではなかったなんて、想像できるはずもない。
「僕は自らの宝具で消滅する。それがソロモン王の結末だからね。ゲーティア、君に最後の魔術を教えよう」
「なに?」
「今ここにすべての指輪が揃った。なら、あのときの再現ができる。ソロモンの本当の第一宝具、私の唯一の、人間の英雄らしい逸話の再現が」
「…なっ、まさか…!?貴様が、そんなことをできるわけ…!!」
先ほど魔術王は、第一宝具を仮想宝具と言った。その本当の真名をゲーティアは知らなかったのだ。
ソロモンの指輪と、ゲーティアの指輪とが光を放ち始める。ゲーティアは声を荒げるが、ソロモンは淡々と手をかざした。
アルス・ノヴァは、ソロモンが天使ミカエルから授けられた全能の力にして知恵そのもの。指輪はそれを象徴するものだという。
「神よ、今こそ天恵をお返しします。全能は、人には遠すぎる。第一宝具、再演」
ゲーティアは指輪を外そうとしたが、輝くそれは離れることはなく、ソロモンの指輪も眩い光を放った。
「
訣別の時きたれり、其は世界を手放すもの」
第一宝具の真名が解放された瞬間、ゲーティアは咆哮を上げた。急速に、その権能が消えていき、魔力が拡散していく。
地面が揺れ動き、空中に浮かんでいた岩石が互いにぶつかり合って崩れていく。空は真っ暗になり、光帯は曇った。
「ドクター、今、何したの!?」
立香が焦るのも無理はない。ロマニの体は透け始めていた。
「僕のすべてを今、放り投げた。この領域がソロモン王の遺体だというのなら、じきに崩れ落ちる。かつてソロモン王は全能の指輪を天に還した逸話があってね。その宝具的再現というヤツさ」
「ま、待て、ロマニ、それは、」
唯斗はそれが意味するところに気づいて、慌てて前に出た。立香は隣に立った唯斗を見て、続けてロマニを見る。
全能の指輪を返還する。それは、ソロモンのソロモンたるゆえんを、定義を、在り方を返還するということであり、英霊としての在り方まで含むものだ。
「それじゃ、英霊としての存在定義すら失う!そんなことしたら、もう召喚されることはない、だって座からも消えることになる!!」
「え……、ドクター、それって…」
「そのガキの言うとおりだ!!英霊であることを放棄するなど、そんなこと、貴様ができるわけ…!!」
ソロモンは完全に消える。歴史から、その功績は消滅し、神の代理人は消え、この世界に、人理に、神の采配が介在する余地はなくなる。
その代わり、ソロモンの使い魔であり召喚式であるゲーティアも存在定義を喪失し、総体として維持できなくなり、個体に戻る。同時に空間ごと崩壊を始めた。
「…ドクター、死んじゃうの…?」
「あぁ。怖いし悲しかったけど、これでいい。この選択を、君たちが僕に教えてくれた」
「そんな、そんなの…!」
立香の声が震える。いつでも気丈に前を向いていた立香が、その膝から力が抜けそうになっている。
唯斗よりもずっと、立香はロマニと一緒に過ごし、ロマニに支えられてきた。唯斗にできなかった人としてのサポートを、ロマニがずっとしてきたのだから。
「…、せっかく人間になったのに…あんたは、人類のためにその時間を全部使って、自由も捨てて、最後には記録すら人類史から消すのか」
「うん。それが僕の生きる意味だった。ゲーティア、確かにあらゆるものは永遠ではなく、最後には苦しみが待っている。だがそれは絶望ではない」
ロマニは消えゆく中でゲーティアを見上げる。その声音には、本当に、後悔も悲しみも感じられなかった。
「終わると知って、それでも出会いと別れを繰り返す。輝かしい、星の瞬きのような刹那の旅路。これを、愛と希望の物語という」
「ドクター…」
ロマニはゲーティアから目を離すと、最後にこちらを振り返った。
「いよいよだな、僕…いや、僕たちが最後に見るものは、君たちの勝利だ。カルデアの司令官として、指示を出すよ。私のことは気にせず、完膚なきまでに完全な勝利を」
「…ッ、ありがとう、ドクター・ロマニ」
そして、ロマニはにっこりと微笑んで、消失した。