藍色の愛−6
サーヴァントたちには追ってこのあとのことを伝えるとして、いったん解散し、唯斗は居住区画に戻った。
一度自室に戻ってシャワーを浴びた後、いつもの白い礼装に着替えて管制室に立ち寄ったが、今日はもう休みだと言われて手持ち無沙汰になってしまった。
立香はマシュともう少し一緒に過ごすであろうことから、今日はこのあとどうしようか、と思いながら管制室から自室に向かう廊下を歩いていると、アーサーが再びやってきた。
「おや、管制室に行ったんじゃなかったのかい?」
「今日はもう何もないって」
「そうか。じゃあ一緒に戻ろう」
アーサーはどうやら唯斗を探していたらしい。しかし何か用事があったわけではないようで、一緒に廊下を歩き始めた。
やがてこのまま廊下を進めば唯斗の部屋がある、というところで、アーサーが立ち止まる。
何かと思えば、そこはアーサーの部屋だった。
「…マスター、」
「ん?」
「…今日はこのあと休みなんだろう?少し時間をもらってもいいかな」
いい加減、サンソンやエミヤに散々男には気をつけろと怒られてきた唯斗だ、さすがにその意図には気づいたが、しかしこの騎士王であればそんなことはないかもしれないと唯斗はアーサーを見上げる。
その翡翠の瞳は、覚悟を決めた男の色をしていた。
「っ、…うん、分かった」
「…、どうぞ」
アーサーもこちらが気付いたと理解しただろう。
部屋に招き入れられ、唯斗は急に心臓が音を立て始めるのを感じた。これは唯斗の意思だ。分かっていて、唯斗は、この敷居を跨いだ。
背後で扉がスライドして閉じて、アーサーが照明をつける。
明るく照らされた部屋には、アーサーの個性を伺わせるものなどなくて、それが少し寂しく感じる。きっと、アーサーがいなくなれば、この部屋がアーサーのいた空間だと分かる残滓など何一つ残りはしない。
「君を部屋に招いたのは初めてだったね。長いことカルデアにいるのに、グランドオーダーが終わってからになるとは」
「…本当にな」
心臓がバクバクと音を立て、耳元に心臓があるかのように聴覚が曇るほど鼓動がうるさい。
それでも、照明の下、防具を消したアーサーに正面から抱き締められながら、もう一度その顔を見上げてみた。
至近距離で端正な顔立ちを見上げると、アーサーの目線と絡む。アーサーは微笑み、唯斗の頬に指を滑らせた。
「マスター、好きだよ」
「っ、」
端的に告げられた言葉は、他の意味を持つ余地などないシンプルなものだ。だからこそ、ダイレクトに心を揺らす。
結局、第七特異点の前にアーサーから同じことを告げられたときに、唯斗はよく分からないけれど、この強い感情を直視しながらアーサーのそばにいたいと返した。きっとアーサーは、唯斗が同じ言葉を返すまでは何もしないでサーヴァントとしてそばにいようとしていた。
しかし、もうグランドオーダーは終わり、アーサーがこの時空に留まることができる保証はなくなった。ビーストはI、II、IVがすでに倒されており、他のビーストがこの世界のどこに、そしていつの時代に現れるのかも分からない。
だからアーサーは、こうしてけじめをつけようとしている。
いまだにこの感情の正体は分からない。極めて強い感情を抱いており、それを持ったままアーサーと離別するのは苦しいと覚悟してここまで戦ってきた。
だが、それは苦しいばかりではなかった。第七特異点、そして終局特異点とアーサーが隣にいてくれる中で、唯斗はこれほど強く励まされたことはなかった。この感情を直視して隣に立ったからこそ、唯斗は少し、強くなれた。この覚悟こそが、唯斗を奮い立たせてくれたのだ。
ロマニが歴史を愛と希望の物語と述べたのなら、歴史を取り戻す戦いで培ったこの感情もまた、そういうことではないのだろうか。
「…アーサー、」
「うん?」
「俺は、本当に、自分のこの感情が明確に何かって、まだ分かってない。でも、ロマニは俺や立香のことを、愛と希望を担う誰かと言ってくれた」
唯斗は頬を撫でるアーサーの手をそっと握り、翡翠の瞳を見つめた。
「…それなら、この感情が『愛』だったらいいなって思う。アーサーとこれからも一緒にいられたらっていう思いは『希望』だ。この旅の最後に得られたものが、そういう感情なら…それってきっと、
浪漫ってやつなんだと思うから」
「っ、マスター…!」
息を飲んだアーサーは、強く唯斗を抱き締めた。見た目よりもがっしりとした逞しい体に抱き込まれ、世界で一番安心する場所の匂いに包まれる。
唯斗もその広い背中に手を回し、肩口に顔を埋めた。少しだけ目を閉じてから顔を上げる。
「…アーサー、」
「なんだい?」
「…名前、呼んで」
「あぁ…唯斗、唯斗。愛してるよ、唯斗」
「……、俺もだ、アーサー」
そう返した瞬間、口が塞がれていた。
翡翠の瞳を隠す瞼と精悍な顔立ちが目の前に広がっており、唯斗も遅ればせながら目を閉じる。腰に回された腕が深く唯斗を抱き寄せて、もう片方の手が唯斗の顔の横を滑り頭を固定するように添えられた。