プロローグ−1
生まれて初めて自分の味方になってくれた者が人でなかったなんて、些か皮肉が効きすぎているのではないかと自分でも思うことがある。
それでも事実、あのとき唯斗に「僕が守る」と言ってくれたのは彼が初めてで、11歳という年齢を差し引いても、あまりに経験のないことだったから最初はどういうことか理解できなかったほどだった。そもそも、魔術師の家系などどこも似たり寄ったりで、結局子供など家督や魔術のための道具でしかない。しかし道具なんてもののたとえでしかなく、家督を継いで魔術を継承する人物としてそれなりに大事にされるものだ。
本当にただの道具として使われることなど、決して多くはない。ただ、そういう話を聞いても驚かないのもまた魔術師というものなのだが。
いずれにせよ、道具としての機能を果たして息も絶え絶えとなった唯斗のことを優しく抱き締めて、発狂する父親から宣言通り守ってみせてくれたその人物は、すでに死した亡者といえど、確かに文字通りの「英霊」だったのだ。
あれから5年、唯斗は今、標高6000メートルの雪山に鎮座する天文台に立っている。
***
雨宮・グロスヴァレ・唯斗は、フランスの魔術師の名門・グロスヴァレ家と、日本の魔術師の名家・雨宮家の両方の家督を継承した生粋の魔術師の血筋に生まれた。
魔術師とは、極めて簡単な言い方をすれば一般的に人々が想像する魔法使いという概念に相当する者たちのことで、紀元前から脈々と現代まで継続する神秘の力を持つ。これも一般人の空想通りだが、魔術師は魔力という力を使い、それを事象に展開する。
ただ、魔力というものは魔術師が持つ「魔術回路」という神経のようなものに依存する。血液が血管を流れるように、魔力は魔術回路を流れる。血管よりもパソコンの電子回路に近いもので、複雑な回路を持つパソコンのスペックが高くなるのと同じで、その魔術回路が高度であればあるほど使用できる魔術も高度になっていく。
しかし魔術回路は生まれつきのものであるため、自分が生きているうちに自分の回路を弄ることは基本的にできない。そのため、魔術師は子孫に託していき、世代を経るごとに魔術回路を高度化していくのだ。まさにOSのアップデートのように。
こうした事情から、魔術師は極めて家系・血統というものを重視する。そして同時に、高名な魔術師の家系とはそれだけ長く血筋を受け継いできたということを意味する。それが顕著なのが、ロンドンに本部を置く巨大な魔術師の派閥「時計塔」である。時計塔は魔術協会という魔術師の組織の中でも最大派閥であり、魔術の学術機関として12の学部を持つ英国式の教育・研究機関でもあった。
時計塔12学部の中でも、降霊科に属する学科である召喚科で名を知らぬ者はいない名家だったのがグロスヴァレ家だ。そして召喚魔術に優れたフランスの名家であるグロスヴァレ家の唯一の嫡子だった女性が婚姻相手に選んだのが雨宮家だった。フランスと日本、遠く離れた家柄であったが、召喚科内に親戚も多かったグロスヴァレ家は近親婚を避けるべく、日本の一族である雨宮家を選んだわけだ。
本来ならば誰もが羨むようなサラブレッドだが、しかし実際にはこの名前は今や忌み嫌われている。とりわけ魔術協会の最大派閥である時計塔では完全に爪弾き者だ。
それが特にどうこうということは唯斗にはなかったが、自身の出自を恨んでもいいだろうと自分でも思っている。
もともと、グロスヴァレ家と雨宮家それぞれの嫡子の間に生まれたのは父だった。こうした魔術師の家系同士の婚姻はむしろ主流で、そうやって生来のものである魔術回路を強くしていく。父が生まれたときは、時計塔でも持て囃されたことだろう。