邪竜百年戦争オルレアンII−16
いくら聖杯を持っていようと、キャスタークラス単騎で、六騎を相手に戦うのは無謀だ。
こちらもそれなりに損害を出しはしたが、最後に、ジャンヌのかざす旗の柄がジルを貫いた。
「馬鹿な、聖杯の力をもってしても、届かなかった、だと…!そんなはずは…私は…!」
「ジル。もう、いいんです。もう休みなさい、あなたはよくやってくれた。右も左も分からぬ小娘を信じて、この街の解放まで。今のあなたがどうあれ、私はあのときのあなたを信じている。大丈夫、私は最後の最後まで、決して後悔しません。私の屍が、誰かの道へ繋がっている。ただ、それだけで良かったんです。さあ、戻りましょう、あるべき時代へ」
貫かれたジルに、ジャンヌは優しく語りかける。ジルも、怒りを解き放ち、その顔に安らかな笑みを浮かべた。
「…ジャンヌ。地獄に落ちるのは、私だけで……」
そして最期にそう言って、光に包まれて消滅した。砕けた大理石の床に転がった聖杯を、マシュが回収する。
すぐに通信が入った。
『聖杯の回収を完了した!これより、時代の修正が始まるぞ!レイシフト準備は整っている。すぐにでも帰還してくれ!』
「…だそうだ、私は先に戻る」
「俺もな〜」
エミヤとキャスターは先に消え、あとにはこの時代に召喚された者だけが残る。
「もう、行かれるのですか?」
通信を聞いていたジャンヌが尋ねると、立香は頷いた。
「…やるべきことがあるんだ」
そう、これはあくまで最初の特異点。まだ6つの特異点が人類の歴史をゆがめたままなのだ。
「あら、そうなの?ふうん…まあ目的は果たしたし、よしとするわ。じゃあね子イヌ、悪くない戦いぶりだったわよ?」
エリザベートは少しだけ寂しげにしたが、すぐに高飛車にそう言った。サバサバとした表情で、あっけらかんとしていた。
一方の清姫は残念そうにしている。
「まあ、ここで離れ離れだなんて。でもマスター、安心してください。私、些か執念深い性質なので。どこに行ってもきっちり追跡させていただきますわ。だってそれが「愛」ですもの。…ね?」
そう言い残すと、エリザベートと清姫は自ら退却して消失した。外で戦っていたジークフリートたちも自分たちで退却していることだろう。
清姫の恐ろしい言葉に震える立香だが、やがて地面も小刻みに振動し始めた。この世界がいよいよ崩れるのだ。
「マスター、マシュさん、そして唯斗さん」
最後に、ジャンヌは立香たちに向き直る。その表情は晴れやかだった。
「恐らく、こうして出会ったことも、戦ったことも、失った命すら、なかったことになるのでしょうね。私はそれが、少し悲しい。けれど、皆さんとはまたどこかで出会えそうな予感がします。私の勘は、結構当たるんですよ?さようなら、そしてありがとう」
唯斗も、そして立香とマシュも、光に包まれ始める。体が霊子となり、カルデアに戻ろうとしている。
「すべてが虚空の彼方に消え去るとしても。残るものが、きっと―――……」
その言葉を最後に、体から重力が感じられなくなり、思い切り引っ張られる感覚とともに五感が消えてなくなる。
そして、ふっと目が開いた。同時に、視界にあったガラスが開き、コフィンが開かれる。
上体を起こすと、隣でマシュと立香も起き上がっていた。
すぐに、三人の前にロマニがやってくる。
「お帰り、マシュ、立香君、唯斗君!お疲れ様!初のグランドオーダーは、君たちのおかげで達成された。本当によくやってくれた。君たちはもう一人前の、そして僕らカルデアが誇る、新しい魔術師だって!」
「みんなお疲れ様、はいロマニ、これ観測結果」
書類を持ってきたダ・ヴィンチから観測結果を受け取ったロマニは、喜色を浮かべて笑う。
「よし、15世紀フランスの修復は完璧だ!我々は人類史をあるべき姿に戻したんだ。やったな、立香君、唯斗君!」
「…俺は予備だ。よくやったのは立香だろ」
唯斗はそう言いながらコフィンから立ち上がり、外に出る。しかし立香は唯斗の手を掴んだ。温かい手の平に、刻印が刻まれた左手が包まれる。振り返ると、立香の令呪が刻まれた右手が見えた。
「ううん、唯斗がいなかったら、理解できなかったことも動けなかったこともあった。マシュやサーヴァントに怪我させていたかもしれない。唯斗がいてくれて良かった」
「…俺がやったことをできるヤツは、他にもたくさんいる。でも、立香がやったことをできるヤツは、そう多くない。これは卑屈でもなんでもない事実で、個性にまつわる部分だ。俺の技術面よりも遥かに大事なモンを持ってる立香がいるから成功したんだ」
「大事なもの…?」
「…ふっ、お前はそういう感じでいいよ」
理解できなくて当然だ。立香が意図して行ったことではない。立香のその実直さ、優しさ、何より等身大に人を思う心に、サーヴァントたちは力を貸そうと思ってくれた。ひよっこ魔術師である唯斗と同じ働きができた者は多くても、立香のような天性の性質を持った者は多くない。
それでも、ポカンとしている立香の顔が少しおかしくて小さく笑ってしまうと、立香も、さらにはロマニやマシュ、ダ・ヴィンチも驚いた表情を浮かべた。
「…驚いた、君、笑えるんだねぇ」
感心したように言うダ・ヴィンチに、唯斗は笑顔を引っ込めて「俺をなんだと思ってんだあんた」と返して、立香の手をやんわり離す。
「じゃ、俺は先に戻る」
そして唯斗は先に管制室を後にした。特異点では一緒に行動しなければならなかっただけで、基本的には一人でいたいのだ。
こうして、第一特異点の人理定礎は復元された。
残るは6つ。それに立ち向かうべく戦力を増強するべくカルデアでは準備が進められることになる。そして、唯斗にとって激震が走ろうとしていた。