永続狂気帝国セプテムI−1
次のレイシフトが古代ローマ帝国、西暦60年のイタリア半島に決定し、決行日が数日後に迫ったときのことだった。
唯斗はアーサー、サンソン、エミヤとの訓練を通してレイシフトに向けて戦闘慣れと自身の体力強化に努めていた。本来の時間軸であれば10月後半という時期であるが、相変わらずカルデアの外は猛吹雪であり、その寒々しい景色を窓の外に見ながら唯斗は訓練を終えて廊下を歩いていた。
時刻は深夜、寝るのがいつも遅くなりがちな唯斗は、今夜も寝付けず食堂に向かっていた。現在は非常食で20人あまりの職員およびマスターを食いつないでいる。
エミヤがそれでも、残っていた調味料などで味気ないレーションを美味しくしてくれているが、そろそろ職員たちのモチベーションという意味でも悪影響が懸念された。唯斗は正直まったく食にこだわりがないため、文句はない。
そんな食堂にやってきたのは、単に自室の冷蔵庫で切らしてしまった飲み物を調達するためだが、誰かの気配がして足を止めた。
食堂の入り口まであと少しというところで立ち止まり、神経を研ぎ澄ませる。サーヴァントであれば気配を悟らせることはしないだろうし、そもそも身を隠すようにしている気配が解せない。こっそり非常食を食べてでもいるのだろうか。
そう思って唯斗は魔術によって足音を消して食堂の入り口まで向かうと、部屋を覗き込んだ。そして、広い食堂の中央の席に座っている後ろ姿に少しだけ驚く。
(立香…こんな時間に何してんだ…?)
人のことを言えない唯斗だが、立香は「おやすみ3秒」で知られる寝つきの良さを誇り、廊下の真ん中ですら眠ることができる図太さを持つ。
そんな立香でも眠れないことがあるのかと思っていたが、鼻を啜る音が聞こえて、唯斗の動きが止まる。
「…っ、ぅっ…!」
押し殺したように、誰にも見つからないように涙を流している。
自室にいないのは、立香の部屋はサーヴァントがしょっちゅう出入りすることで有名で、たまに霊体化した清姫がガン見していることもあるからかもしれない。人目を避けようとする立香の行動は、恐らく立香のサーヴァントが何人か気付いたことだろう。そのうえで、絡みに行かないようしているのかもしれない。
再び魔術を、今度は目にかける。カメラのようにズームして立香の手元にピントを合わせた。あまりこういう細かい芸当は得意ではないため、漏れ出た魔力で気付かれてしまうが、立香はまだ素人なので気付かない。
そうして唯斗が見れた立香の手元で光っていたのは、立香の私物らしいスマホだ。カルデアには機密情報が多くあるため、任務によってはスマホを没収されることがあり、唯斗も訓練からファーストオーダーにかけては没収されていたが、今は外の世界が焼却されているため、立香と唯斗には返却されている。
一応見つからないようになのか、立香のスマホの明かりは暗めに設定されているが、暗闇が深すぎるため、表示されている画像がはっきりわかった。
立香が見ていたのは、どうやら家族の写真のようだった。立香と両親がともに笑っている、典型的な家族写真だ。もはや唯斗は父親の顔すら朧気であるため、まったく意識になかったが、考えてみれば立香の家族も焼却されているのだ。
立香には、家族も友人も、外の世界に当たり前に存在したはずだ。ごく普通の一般人だった立香は、こんな事態になるとは思っていなかっただろうし、突然家族も家もなくして世界を救う厳しい戦いに身を投じることになっているのである。
かつてAチームと呼ばれていたトップクラスの魔術師たちなら問題なかっただろう。しかし立香はあまりにも普通すぎて、それこそが彼の良いところでもあった。
唯斗は目にかけた魔術を解いて、そのまま踵を返す。足音を立てないようにして食堂から離れ、自室の近くまで来ると、突然、近くに背の高い人影が現れた。