永続狂気帝国セプテムI−2
「声かけねぇんだな」
「……立香のサーヴァントを差し置いて俺が声かけるのか」
廊下の壁にもたれるのはランサー・クーフーリンだ。ランサーは腕を組んで壁にもたれてこちらを見下ろす。ちらりと目線をやるが、やはり身長差からかなり見上げる形となる。
「あんたこそ声かけるのが普通じゃねぇの?予備員のマスターさんよ」
「同じ人間だから?」
「あぁ」
「…そりゃ、英霊と人間の違いからすりゃ人間同士の違いなんて誤差かもしれないけど、当事者の人間からすればそうはいかない。同じ人間だから分かりあえるなら戦争なんてしない。あんたの時代の人間は分かりあってたのか」
「…確かにな。一理あるわ」
ランサーは呆気にとられた顔をしたあと、そう言って笑った。大して気にしていない様子だ。彼らは英霊、すでに死んだ身だ。人間同士のあれこれから距離を置いて俯瞰的に見る節がある。
「……立香は帰る場所があるって、俺も今理解した。あいつにはこの世界に居場所がある。俺と違ってな。だから俺と立香だったら、やっぱり立香の方が元の世界に帰らなきゃいけない」
「自分よりマスターの方が優先されるって?」
「どちらかが死ぬしかないような状況ならな。俺はあいつを言葉で慰めることも元気づけることもできない。もっと基本的なコミュニケーションすらできねぇんだから。それなら俺がするべきことは、予備員としてあいつが必ず帰れるようにすることだけだ」
「お優しいこって」
ランサーがそう言ったため、唯斗はため息をつく。精悍な槍兵はそんな唯斗に首をかしげる。
「…優しくない。俺は別にこの世界がどうなっても構わない。でもここで助かって生きてる以上、やるべきことをやるだけだ。だから予備員を自称して立香に負担をかけてる。俺が普通の人間だったらあいつの心も支えてやれたけど、俺はそんなことはできないし、するつもりもない。だから、一応の贖罪として、何も言えない、支えられない代わりに、あいつが帰れるようにもしものときは予備の勤めを果たす」
唯斗にできることなどない。人間として大事なものがいくつか欠けている唯斗は、こんなときに立香を支えることはできないし、それに甘んじている。立香に重圧を押し付けて、予備員として振舞っている。
だから、せめて世界に居場所のない唯斗が、予備として、世界に執着のない者として、立香の身代わりになる場面くらいあっていいと思った。ただそれはあくまで、もしものときだけだ。
本当に危険な場面とならないよう努力しているし、基本的には、特異点での他の人間やサーヴァントよりも立香の生存と任務成功を優先するという姿勢を貫くという形になるだろう。
「…ふーん、予備員なんてこの状況で言ってる理由はそういうことか」
「幻滅した?」
「いや?いんじゃねぇの。やるべきことはやるっつーのは、フランスの記録見れば分かるしな。それに…」
ランサーはそこで言葉を止めると、おもむろにこちらに近づいた。何かと思っていると、突然、唯斗の頭をガシガシと雑に撫でてきた。
「う、わ、なにすんだ…!」
「いや、言うのは野暮ってもんだなぁってな!」
気にならないではないが、必要なことでもなさそうなので聞くことはしない。だが唯斗はランサーの手から離れて髪の毛を直す。
「意味わかんねぇ…」
「ま、気にすんな。それより、特異点でマスターが俺を呼んだとき、もしお前もやばそうだったら助けてやるから頼れよ」
「…他のマスターのサーヴァント頼るのか」
「頼ってもいいぞってだけな。本当にそうしたら自分のサーヴァントに怒られるぞ。特にあの赤い弓兵にな」
「なんだそれ」
実際そうだろう。それなりに不快にさせそうだ。どうやらエミヤのことは知っているらしく、エミヤ自身もランサーを遠目に見て嫌そうな顔をしていたため、ランサーの言う通りのことになるかもしれない。それなら実質頼れないだろうとは思うが、これはランサーなりの距離の詰め方というか、もう一人のマスターとして認めてくれたのだろう。
「…どこにそんなん思う要素あったんだ」
「ん?守ってやりたくなるタイプだなって」
「っ、マジで何言ってんだ…」
答えを期待してはいなかったところにそんな答えが返ってきて、唯斗はランサーの方を見られなくなる。そんな様子にさらにランサーは笑った。