永続狂気帝国セプテムI−4


息を吸い込むと、青い草の香りが鼻孔を満たす。高い青空は緑の起伏に富んだ稜線に切り取られ、上空にはやはり天使の輪のような巨大な光の輪が浮かんでいた。


「無事、今回もレイシフト成功です」


マシュが周囲の状況を素早く確認し、立香、唯斗、アーサー全員の無事を確かめる。唯斗の隣に立ったアーサーは、青い軍服を風になびかせて鎧に太陽を反射する。揺れる金髪の合間から覗く青い瞳が映す世界に、ふと唯斗が映り込んだ。


「大丈夫かい?マスター」

「あ、あぁ…」


慌てて目をそらす。少し見過ぎていた。
マシュと立香も周りの光景を見渡して深呼吸している。カルデアのような閉鎖空間と比べると、確かに心地のよい場所だ。

すると、マシュの胸元から突然、白い毛玉が飛び出した。鳴き声とともにマシュの肩に収まったフォウに、マシュと立香は驚く。


「フォウ君!?」

「フォウさん、今回も同行すると言っています。狭い基地よりも外の世界の方がいいそうです。その意見には同意なのです。戦いは怖いものですが、こうして新しい世界を知るのは嬉しいので」


マシュの肩に乗ったフォウは、じっとこちらを見てくる。まるで「撫でるか」と聞いているかのようだ。唯斗はなぜか首を横に振ってしまった。小動物相手に何をしているのだろう。
フォウを見ているのはアーサーも同じだったが、少し驚いたようにしていた。


「…アーサー?」

「っ、いや…」


口ごもるアーサーだったが、問い直そうとする前に通信が入る。


『おや、そこは首都ローマ、ではないのかな…?』

「いや、完全に丘陵地帯だよ」


ロマニに立香が答えると、ロマニも座標を確認したようで、不思議そうにしているのが聞こえてくる。


『あれ、おかしいな。こっちも確認したよ、そこは首都じゃないね。転送位置は確かに固定化したはずなんだけどなぁ…そこは首都ローマ郊外にあたる場所のようだ』

「転送座標のミス、ですか…時代はどうでしょう?」

『時代は正しいよ。特異点の存在する1世紀で間違いない。ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウスが統治する時代。それは確かだ。しかしおかしいな…先年に皇太后アグリッピナを毒殺したとは言え、今はまだ、晩年のネロ危急の時代ではないんだけど』


ネロ帝が統治したローマ帝国は、帝国が拡大しつつ荒れ始めた時代だ。善政を敷いたネロだったが、母アグリッピナとの不仲が次第に鮮明になり、西暦55年に母がネロの対抗馬にしようとした帝位継承者を暗殺、さらに59年にはアグリッピナ本人も殺害。その後、次第に政敵や元老院議員、自身の家庭教師セネカなど次々と処刑していく。
ローマ大火ではキリスト教徒に罪を着せて大量に虐殺し、ガリアやシリアでの反乱に繋がり、治世末期には帝国が軋み始める。
とはいえ、その後帝国は一応300年以上続くし、395年にローマ帝国が東西に分裂してから、東ローマ帝国はビザンツ帝国に名前を変えて1453年まで継続する。


『周囲に何か変わったことはないかい?』

「…戦闘の音がしない?唯斗」

「……剣の音、だな」

「そうだね、かなりの人数の戦闘のようだ」


立香が最初に気づき、唯斗も鋭い金属音を聞いた。アーサーも耳を澄ませて頷いた。どうやら丘の向こうで戦闘が生じているようだ。


「ロマニ、ここはローマ郊外だよな。この時代のイタリア半島は極めて安定してるはずだ」

『その通り、戦争なんてあり得ない』

「つまり、歴史に異常が起きているわけですね」


あり得ないはずの首都ローマ近郊での戦闘。恐らくこれは、滅びるはずのない時代に帝国が滅びようとしている、そんな特異点が生じているということだ。


「行ってみよう」


立香がすかさず提案し、一同は丘の向こうへと急いで向かった。


63/460
prev next
back
表紙へ戻る