永続狂気帝国セプテムI−7


少し歩いて、一同はローマに到着した。現在のイタリア共和国首都ローマよりも街の規模は小さいが、それでもこの時代、人類の都市の中でも長安、クテシフォン、アレクサンドリアに並ぶ大都市として君臨していた。

活気に湧く大都市は多くの市民が行き交い、ネロを見ると人々は歓声を上げた。さすがに往時のローマともなると、その建築は極めて高度で、2000年前とは考えられないほどの高層建築や巨大な建築が林立していた。


「はじめに七つの丘(セプテム・モンテス)ありし。そういう言葉があってな。そこからすべては始まったのだ。神祖と、かの丘とともに、栄光の歴史は幕を上げた」


もとは古代ギリシアのポリス・アテネが人口増加によって市民を海外に移して作られた植民市としてローマの歴史は始まる。当初、ローマが共和制だったのはアテネの文明の名残だ。それはやがて、ヘレニズムという東方の国家観の影響を受けて専制化した帝政に姿を変える。
ちょうどこの頃も、ネロは東方のヘレニズム国家パルティア帝国との間でアルメニアを巡る戦争をしていたはずだ。

ロマニとマシュによって、ネロに分かるようにカルデアのことや旅の目的を話しながらローマ市街地を歩き、皇帝の居城へと向かう。
活気づいた大都市だが、時折、荒くれ者が暴れているのを見かけては対処する場面もあった。ネロの様子から、これがこの時代のスタンダードというわけではないことは理解できる。
やはり、特異点と化した帝国は歴史とは異なる事態が起きている。

居城に着いて、ネロは玉座に座り、その周りに唯斗たちは立ってネロから帝国の話を聞く。荘厳な円柱と赤いタペストリーに飾られた玉座の間は、蝋燭の明かりが揺らめいて神殿のようだ。


「…さて。余のローマは今、危急の時にある。栄光の大帝国の版図は今や、口惜しくもバラバラに引き裂かれているのだ」


安定した中央集権国家だったローマが分裂するのは、ネロの暴政のあと、五賢帝によるパックス=ロマーナを経て、短命の皇帝が続くようになった頃のことだ。その後、四分割や再統一を経てから、395年、完全にローマ帝国は東西に分かたれる。
いずにせよ、分裂するにはまだ速いのだ。


「かたや余が統治する正統なるローマ帝国。この首都ローマを中心とした領域だ。かたや、何の先触れもなく突如として姿を見せた、余ならぬ複数の『皇帝』どもが統べる、連合だ。連合ローマ帝国。かの者どもはそう自称し、帝国の半分を奪って見せた」

「半分?南北か、東西か」


唯斗が尋ねると「東西だ」と返される。
聞くところによると、ヒスパニア、ルシタニア、ガリア、アフリカ、マウレタニアが奪われているらしく、ブリタニアが孤立しているほか、アルペスやラエティアを巡って戦線が構築されている。
この時代はダキアやアッシリア、メソポタミア、アルメニアなどがまだローマ帝国の領土となっていない。
敵の首都が明らかになっていないらしく、これだけの広大な領土から敵の中心を探し出すのは至難の業だ。現代の規模で言えば、フランス、スペイン、ポルトガル、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアから聖杯を見つけ出すということになる。

それにしても浮かない顔をしたネロに、立香は「表情が沈んでいるようだけど、どうかしたんですか?」と心配そうに尋ねた。ネロは少し沈黙したあと、落ち着いた声で答えた。


「…連合の敵将カリギュラ。お前たちが来る前、余の軍勢を単身で屠った男。あれは皇帝を名乗る連合の大逆者のひとり。そして、この余の伯父、なのだ」

『すでに死んでいるはずの人間。そうだね』

「そうだ、姿なき魔術師よ。その通り」


カリギュラが死んでからいくらか経過した世界に、サーヴァントとして召喚されたということだ。他にも多くの皇帝が甦っているのではないだろうか。そして、皇帝を僭称している。


「皇帝と呼ばれるサーヴァントたちが、歴史の異常を引き起こしているのでしょうか。聖杯を手にして」

『可能性は高い。それがこの時代の特異点の原因になっているんだ』

「正直なところ、連合帝国はあまりに強大だ。各地で暴虐の戦いを引き起こし、民を苦しめている。余の配下たる総督や将軍の全員を派遣して、軍団のほとんどを投入した。それでも連合の勢いは収まらぬ。先刻など、連合の遠征軍が首都に迫る始末。もはや…余ひとりの力では事態を打破することはできまい」


あと少し到着が遅れていれば、あの軍勢とカリギュラがローマ市内に突入していた。わりと危ないところだったようだ。もしローマ市が滅びれば、特異点の修正は叶わない。


「故にだ。貴公たちに命じる。いや、頼もう!余の客将となるがよい!ならば聖杯とやらを入手するその目的、余とローマは後援しよう!」


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