永続狂気帝国セプテムI−9
戦闘が終わり、ネロの居城に用意された総督用という部屋に案内され、寝台に横たわる。体がバキバキで、酷使した魔術回路や右腕が痛む。特に右の手首が痛んだ。
広く豪華に飾られた部屋は、蝋燭の明かりで様々な調度品の影が壁にちらつく。建築技術が高いためか隙間風は少ないが、それでもやや寒い。
すると、扉がノックされた。外から声をかけてきたのはアーサーだ。
「マスター、起きてるかい?」
「起きてる。入っていいぞ」
「失礼するよ。夕食を預かってるんだ」
扉を開けて入ってきたアーサーは、右手にトレイを器用に持っていた。トレイの上には多くの皿やワインが並べられ、重さもあるだろうによく支えているものだ。
テーブルにトレイを置くアーサーのところまで行くと、並べられた皿の色とりどりの食事に目を見張る。
「すげぇ…」
「僕も古代ローマの食事は初めて見たよ。さすがだね」
「でもこんな食えないな、吐き出せってことか…?」
「そこまで合わせる必要もないんじゃないかい?」
「そりゃそうか」
唯斗は椅子に座り、パンを手に取った。酢漬けのフルーツやオリーブオイルで作られたオートミール、ウサギの肉を焼いたものや金粉がまぶされた豆料理、魚介スープ、貝料理の数々。正直、疲れすぎて空腹ではないのと、魔術の方を使ったため、甘いものだけ欲していた。
軽くパンと肉だけ食べて、豊富に置かれたザクロやナツメヤシ、ブドウを食べることにしようと考える。
食べている間、アーサーはまるで執事のようにそばに控えて立っているため、唯斗は首をかしげた。
「…座らねぇの?ワインくらい飲めば」
「そうだね、じゃあ失礼しよう。ワインは飲むのかい?」
「や、酒弱い。フランスで暮らしてる頃は、ワインくらいなら子供でも家なら飲めたからわりと飲んだけど、きつかった」
「そうか、ならワインの方は飲ませてもらうね」
アーサーは食事を必要としないため、ワインだけ銀のグラスに注いで飲み始めた。向かいに座ったアーサーが優雅にワインを飲んでいるのを見ながら、唯斗はパンを嚥下して口を開く。
「なんか話あった?」
「よく分かったね」
「そうじゃなきゃ、遠慮して自分の部屋戻っただろ。わざわざ残ったくらいだし。別に食い終わるの待たなくていい」
「そうかい?なら話そうか…実はさっき戦っているとき、藤丸君とマスターの会話を聞いていてね」
アーサーが何か話があるのは雰囲気で分かっていた。そうでなければ、一人にしようとアーサーはすぐ部屋を後にしたはずだ。
促してみると、アーサーは先ほどの戦いで立香と唯斗の会話を聞いていた、と切り出した。サーヴァントは耳がいい。聞こうと思えば、マスターである唯斗の会話を遠くから聞くことができるようだ。それには別に驚きはない。
「藤丸君はなるべく人を殺さないように。君は合理的な範囲であれば殺すことも厭わない。そういう考え方の違いがあるんだね」
「そうだな。立香とマシュは、生きた人間相手のときは峰打ちが基本だ。俺も別に、それでもなんとかなるならいいと思ってる」
「彼も殺す事にならざるを得ない場面を想定してはいるようだったね」
「あぁ。俺はそもそも人類がどうなったってどうでもいいからな。どれだけ特異点で人が死んでもかまわない。やるべきことをやるだけだ」
「…予備員だからといえど、君にも等しく人類の命運がかけられている。あまり消極的な姿勢は評価できない」
表情を硬くするアーサーに、なるほどな、と唯斗は理解する。
まさしく正義の味方と言える英霊であるアーサーからすれば、立香の姿勢の方が好ましく思えるのだろう。マスターである唯斗のことを比べてだめだと言うわけではないのだろうが、予備員という立場に甘んじて消極的な姿勢を見せることに苦言を呈している。
唯斗はパンを2切れだけで済ませ、肉を食べるのをやめ、フルーツに入る。ブドウを一つだけ口に含んでみずみずしい甘さを感じてから、言葉を整えた。
「俺はお前に評価されるためにやってるわけじゃないし、別にそれでかまわない。ただ、そうだな、何も言わないのも自分のサーヴァントに対して失礼だしな。俺がグランドオーダーをやってる理由は話しておくか」
「理由…?」
いくらかつて救ってくれた特別な相手といえど、距離の取り方は平等だ。相手がアーサーだからといって、自分を曲げるような媚びを売ることは決してしない。たとえ幻滅されるかもしれなくても、言うべきことは言うのだ。