永続狂気帝国セプテムI−16
翌日、一応は早めに起床して敵襲に備えていた唯斗だったが、その後いつまで経っても敵影の報告はなかった。
やがて昼食の時間となってしまい、水差しの水を交換しに来た兵士につい「敵影は?」と聞いてしまった。
「まったくありません!昨日の唯斗様とアーサー様の勇猛なお姿に恐れおののいたのでしょう。ローマ市民もお二人の強さと華麗なるお姿に沸き立っております」
「……あ、そう。分かった、ありがとう」
色々言いたいことはあったが諦めて、兵士が出て行ったところでベッドに横たわる。アーサーはからかう気まんまんといった顔で上から覗いてくる。
「敵を一掃する美少年だと市中では話題になっているようだよ」
「……アーサー、言っとくけど俺に明確な感情があるとすりゃそれは怒りだからな、煽るのも大概にしとけ?」
「はいはい。でもまぁ本当に、ここが特異点じゃなければ、後世に僕と君の恋愛物語や官能的な絵画が残されてヴァチカン美術館あたりで収蔵されてしまうところだったね」
「滅びろそんな人理」
呻くように言いつつ、そこに通信が入ってきたためすぐに起き上がって回線を開く。
「どうした?」
『こちらガリアよりマシュ・キリエライト、ガリアの敵将、ユリウス・カエサルを討ち果たしました!』
「うわ、カエサルが敵将だったのか…お疲れ様。怪我はないな」
『はい、問題ありません。これより帰投します』
マシュからはガリアからの帰還の準備を告げられただけだった。それにしても、カエサルがサーヴァントとして敵側にいるというのは、やはりいい気がしない。カエサルほどの英霊と戦うなど、できれば避けたいというのが心情だ。
『そちらは問題ありませんか?』
「朝からずっと敵は一人もいない。暇すぎて理不尽にアーサーを殴りそうだ」
『そ、それはあまりに理不尽では…』
『暇ならば唯斗、余のローマを回ってみてはどうだ?珠玉の都を堪能するとよい!』
びくりとしたアーサーを横目に、ネロからの提案になるほど、と思った。世界遺産となったローマ歴史地区の、本物の姿を見る機会など今しかない。
特にネロ帝までの時代の遺構はほとんど残っておらず、そのあとの五賢帝など300年にわたる帝政の間に改修されてしまっている。しかも、ローマ大火によって市街地の大半が消失する前でもある。
「…そうだな、フォルムの周りくらいは見てみることにする」
『うむ!楽しむがよい!』
ネロの寛大な言葉によって、このあとの過ごし方は決まった。
通信を切って、アーサーが運んできた昼食をとってから、連絡役の兵士にフォルム・ロマヌムで見て回ることを告げて、アーサーとともに観光に出ることにした。
まさか特異点で観光できるとは思わなかったが、立香たちも敵とはいえカエサルに会えたのだし、これくらいはいいか、と自分に言い聞かせる。
フォルム・ロマヌムにいるだけなら兵士もすぐに見つけられるため、建物にはなるべく入らないようにしながら散歩のようなちょっとした観光をすることにした。
よく晴れた午後のローマは、すでに貴族たちが仕事を終えて午後の享楽に勤しんでいる。ローマは毎日が午後休だ。
ゆったりとした足取りで、列柱の建物が並ぶ現代のフォロ・ロマーノを歩く人々を見ていると、映画か何かのように思えてくる。あまりに豊かな文明だ。さすが、古代最強の国家である。
アーサーと一緒に並んで歩いていると、昨日の戦いのことを聞いたのか、やたら声をかけられた。果物を押しつけられたり、歓声を上げられたりと、慣れない好意的な言葉の数々に困ってしまった。
最初は微笑ましげにしていたアーサーだったが、唯斗の気疲れを察したのか、人気のない建物の裏手へと唯斗を誘導してくれた。
円柱の影に隠れるようにして、凱旋門の下を行き交う人々を見下ろす場所だ。
「僕は慣れているけれど、一般人にはしんどいものだったかな」
「王族でもアイドルでもないからな…食べるか?」
「じゃあいただこう」
リンゴを差し出すと、行儀悪くかじりつく。アーサーでもそんなことをするのだな、と見ていると、さすがに恥ずかしそうにした。
「…あまり見られたくない姿なのだけど」
「それは失礼したな、麗しの騎士王様」
「唯斗〜?」
アーサーに頬と軽くつねられて、唯斗も鎧を消したアーサーの腹にどすどすと拳を入れて抵抗する。そんな軽いやりとりをしていると、また通信が入ってきた。