プロローグ−5


カルデアス、シバ、フェイト、トリスメギストスの4つのシステムによって、カルデアは49名のマスター候補を揃え、サーヴァントを伴って過去の時空である特異点Fへのレイシフトを可能にした。まさに魔術と科学の粋を集めた技術の結晶であり、人類の最先端の総力でもって人理の修復を行うのである。

今日はその記念すべきファーストオーダー、特異点Fへのレイシフトの日だ。Aチームが先行し、後続の30名と予備の一般人10名が控える。唯斗に至っては予備の予備なわけだ。

作戦から省かれたことは、正直唯斗にとって重要なことなどではなく、唯斗の出る幕もないまま終わることになんの感慨もなかった。というか、唯斗が出張る場面は本当に最後の最後、人類の命運が唯斗にかかることになる。そんなのはまっぴらごめんですらあった。


その考えこそが、唯斗の命運を決めてしまったのかもしれないし、もしかしたらこうしてファーストオーダーを外れたこと事態が、避けようのない運命(Fate)だったのかもしれない。


―――突如として、カルデア施設内に爆発音が轟いた。
床から這いあがって腹の奥に響くような轟音は、空気と壁を揺らし、照明を瞬かせ、薄く悲鳴を聞こえさせる。


「ッ、なんだこれ…?!」


さすがに唯斗も動揺する。こんな魔術に囲まれた最新施設で爆発など。厳重な南極の、社会に存在すら知られていない6000メートルの山だ。

けたたましいサイレンとともに、『中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます』という無機質なアナウンスが響き、唯斗はベッドから立ち上がる。茶髪で顔が日本人にしては堀が深いと言われる、白いカルデアの制服に身を包んだ唯斗の全身が姿見に映った。お前の義務だ、と鏡に言われているような気がした。


「……どうでもいいとは、言ってられないか」


唯斗は自分にそう言い聞かせ、すぐに部屋を出た。同じく無機質な廊下を走り出し、中央管制室へと向かう。


『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。隔壁封鎖まであと1分』


アナウンスはなおも響き、中央区画の閉鎖までカウントダウンを続ける。

そして管制室に入った途端、熱風が頬を撫で思わず呼吸を止めた。目を見開き、目の前の光景に愕然とする。

中央管制室は、この入り口から下方に向かって段々畑のように下がっていき、各ブロックにモニターやPCが並びスタッフが控えている。その先の最下層には、巨大な疑似天体であるカルデアスと周りに浮かぶシバが、まるで大きな地球儀のオブジェのように聳えているはずだった。

今や管制室は半壊状態で、カルデアスとシバは無事だったが、手前の管制室機能は瓦礫と炎によって覆われ、いくつもの死体が転がっている。カルデアスとモニターエリアの間には、レイシフトのために集まっていた48名を収容する霊子筐体・コフィンというカプセルが並ぶが、そこも炎と瓦礫に覆われていた。
一目見て、生存者が絶望的だと理解した。


『システム、レイシフト最終段階に移行します。座標、西暦2004年1月30日、日本・冬木』

「…?なんでトリスメギストスがまだ動いて……」

「しっかり!今助ける!」


なぜかまだ稼働を続けるレイシフトのシステム。そこに、そんな少年の声が聞こえてきた。同い年くらいの男子の声だ。炎と煙で曇る視界の中で目を凝らすと、やはり同い年ほどの黒髪の日本人が瓦礫の間を歩いていた。
少年は何かに気付いてしゃがみ込み、唯斗の位置からは見えなくなる。じきに隔壁が閉まってしまうとアナウンスが警告しているにも関わらず、顔を上げることはない。

いったい何をしているのか、唯斗はそちらへと瓦礫の合間を縫って歩き出した。
このままでは一酸化炭素中毒になりかねない。


『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました』

「っ、」

『近未来100年までの地球において、人類の痕跡は発見できません。人類の生存は確認できません。人類の未来は保証できません』


なんと、カルデアスが突然真っ赤に染まった。まるで太陽を観測しているかのようだ。もともと2017年から先の未来は見えていなかった。便宜的にそれを人類の危機としたが、いよいよカルデアスは、人類の消滅を宣告したのだ。
さらにそこへ隔壁が閉じられたというアナウンスが流れ、ハッとした唯斗は足を進めた。

いくつか階段を下りて下層に着くと、瓦礫の間にしゃがんで誰かと手を繋いでいる彼が見えた。その近くまで行けば、瓦礫に下半身を押しつぶされるように下敷きとなった少女がいた。その少女も同い年くらいで、Aチームに所属していた人物だ。


「…マシュ・キリエライトか」

「っ、あなたは…!」


存外しっかりとした声で驚くマシュと、こちらを見上げる少年。名乗ろうとしたが、先に瓦礫が転がる音が響き、さらに火の手が上がる。


「…話はあとだ」


それだけ言って、唯斗は周囲に結界を展開した。複雑な幾何学模様を描く魔方陣の壁が周囲を囲み、それは炎を唯斗たちに迫るのを食い止める。


「周囲に結界を張った。しばらく炎は来ない。マシュ、君は助からないけど、その最期を一人にはしないし、そいつ、」

「藤丸立香」

「…立香は俺が助け出す。だから安心して、せめて心穏やかにしてろ」

「……はい、ありがとう、ございます。唯斗さん。恐らく、カドックさんや、他の皆さんはもう…」

「分かってる。いいから」


この期に及んで唯斗を気遣うマシュを制する。
藤丸立香というらしい少年とマシュは知り合いのようで、せめて最期は一緒に、と考えていたようだ。隔壁を破壊することくらい唯斗には造作ないため、この結界の中でマシュを看取ってから撤退してもいいだろうと、そう思っていた。

すると、そのときだった。


『コフィン内のマスターのバイタル、基準値に達していません。レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中…発見しました。適応番号48藤丸立香、適応番号49雨宮・グロスヴァレ・唯斗をマスターとして再設定します』

「なっ、まさかこの状況で起動すんのか…!?」


トリスメギストスは、なんと人間の設定通り忠実にファーストオーダーを開始しようとしていた。コフィンは成功率95%を満たさないとレイシフトを行わない。
今ここには、コフィンの外にマスター適性のある3人がいる。それがレイシフト実行の理由だろう。


『アンサモンプログラムスタート。霊子変換効率を開始します』

「……あの、せん、ぱい……手を、握ってもらって、いいですか……?」


諦めたのか、マシュは手を伸ばす。弱々しいそれを、立香はしっかりと握った。
それよりも、と唯斗は慌てて結界を消滅させる。もうこの段階では、レイシフト対象から逃れられない。障害はない方がいい。ただでさえ、コフィンなしでのレイシフトなど訓練では想定していなかったのだ。


『レイシフト開始まで、3、2、1。全工程クリア。ファーストオーダー実証を開始します』


そんなアナウンスとともに、唯斗は、目の前が真っ白になって体の感覚を失った。もうこの目が覚めることはないのかもしれないが、まあいいか、といつもの通り思考を放棄する。

それが、すべての始まりだった。


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