サーヴァントの距離−7
マスターは稀に、サーヴァントと夢を共有するという。
それは、マスター側が見ている夢をサーヴァントが見ることであり、サーヴァントの過去の回想・追想がマスターの夢となることでもある。
何せ聖杯戦争の記録すら乏しい現状では、そんなことはあくまで理論上の話でしかなかったのだが、唯斗は目の前に広がるパリの光景に事実だったと知った。
もちろん、唯斗はパリにも何度か訪れているため、その記憶である可能性もあったが、古い都市であるパリは、今と同じ建物も多く、それらの周囲にある街並みが現代と違うことから、これが過去であると理解した。
恐らくここはパリ8区コンコルド広場だろう。オベリスクがないため1836年以前、ルイ15世の騎馬像もないためフランス革命以降ということになる。
いや、そんなまどろっこしいことをしなくても良かった。広場の中央に鎮座するギロチン台と、それを取り囲む群衆を見れば、これから何が起こるかなど想像に容易い。ここは革命期のコンコルド広場、当時は革命広場と呼ばれた場所だ。
そして、ギロチン台に向かって歩く女性。唯斗が見た姿よりもだいぶやつれて年も取っている。後ろ手に縛られて、短く切られた髪は白い布で覆われている。
服も白いブラウスのようなもので、熱狂する群衆が囲むギロチン台に引き立てられ歩くたびに揺れた。
その足が、唯斗の足を軽く踏んだ。触れただけのようなそれに、女性はすぐに反応した。こちらに向けた顔は、笑顔でこそなかったが、依然として気品を兼ね備えた、欧州で最も高貴な生まれのものだった。
「Pardonnez-moi, monsieur. Je ne l'ai pas fait exprès.」
ごめんなさいね、ムッシュ。わざとではございませんのよ。
その言葉を最後に、膝をつき首を固定された女性は、大勢の聴衆に見つめられながら、その白いうなじに向かって高速で落ちてくる刃を受け止めた。
「……サンソン、」
「すみませんマスター。嫌なものをお見せした上に…巻き込んでしまいましたね」
直後、視界が急に切り替わった。
目をぱちぱちとさせて辺りを見渡すと、やはりパリであることには変わりないのだが、その光景はどこか霞んでいた。
18世紀末のパリ市街であることはなんとなく分かるのだが、具体的にどこ、というのが分からない。パリの特徴的な建物は何一つとして見えず、通りも建物も、美しいが特徴がなかった。
そんな通りの開けた場所に設けられた小ぶりなギロチン台と、そこに列を作って並べられる市民。兵士の格好も当時のサンキュロットのものでも国軍のものでもなかった。
取り囲む人々を遠巻きに見る位置に立っている唯斗は、隣にいるサンソンを見上げる。
「…これは、お前の…夢、か?」
「夢、なんでしょう。本来、サーヴァントは夢を見ないので、過去の追想は意図的に思い出すという形でのみ行います。しかしこれはお気付きの通り、史実ではない。記憶の集合体に近い。本来的に人間が見る夢の原理に近いでしょう」
「俺はきっと夢だろうけど、サンソンは…俺の意識、ではないよな」
「ええ。間違いなく、現実の僕と同一です。恐らく、僕の意識の世界に、僕の過去の記憶を夢として追想していたマスターが巻き込まれてしまったのでしょう。ちょうど、僕も過去を思い出していたところだったので。僕の無意識の世界へとレイシフトしているようなものでしょうか」
「なるほどな、なんとなくわかった。かなりの深度の深層心理まで到達してるな、これで無理するとお互い意識に悪影響だ」
サンソンの考察は概ね正しいだろう。サンソンが過去を思い出していたところ、それが寝ていた唯斗の夢となって共有され、それをきっかけに唯斗の意識がサンソンの深層心理に引きずり込まれてしまったのだ。